BELLMARE 2002

 NPO法人ベルマーレの挑戦

 NPO法人湘南ベルマーレスポーツクラブ(以下湘南SC)が誕生したのは今年4月のことである。ポイントは2つ。まず「総合型スポーツクラブ」であるということ。そして、もう一つは「NPO」である。

 まず、Jリーグが理念として掲げる総合型スポーツクラブの流れ。サンフレッチェ広島やアルビレックス新潟など、バスケットボール、バレーボールといったサッカー以外の種目を独自に、あるいは他社との連携によって抱えるJクラブは年々増えている。
 ベルマーレも、昨年6月ビーチバレーチームを、
12月にトライアスロンチームを創設させた。

なぜビーチバレーとトライアスロンだったのか。それはベルマーレがホームタウンとする湘南エリアの地域性による。例えば平塚海岸は日本のビーチバレーのメッカともいえる場所。常設のコートが10面あり、温水シャワー、トイレなどの施設もある。
 アトランタ、シドニー五輪の代表選手たちもここで合宿を張った。アジア大会で金メダルをとった渡辺、白鳥のホームコートであることは言うまでもない。

 トライアスロンも海があり、箱根駅伝のコースでもあるこの地域に馴染む。自転車のロードレースは日本では道路行政の壁もあってまだメジャーではないが、平塚、小田原には競輪場がある。何よりもビーチバレーもトライアスロンも、ハワイやアメリカ西海岸など海辺で発祥したスポーツ。開放的なオープンエア競技と湘南のイメージが見事に合致する。

 そして、そんな彼らとのコラボレーションを足がかりに、いまベルマーレは大きな設計図を描き始めている。それは湘南がもつ地域資源とスポーツを、ベルマーレが媒体となって融合させ、この地域を幸福にする設計図である。大袈裟に聞こえるかもしれない。しかし、可能性は少なからずある。

 夢の設計図を明かす前に、もう一つのポイント「NPO」について説明しなければならない。NPOとは特定非営利活動法人の略称で、社会貢献を目的として設立される団体である。NPO先進国であるアメリカではミッション(社会的使命)をもつ団体とも言われる。
 日本では阪神大震災時のボランティア活動をきっかけに法制化されたことから混同されがちだが、NPOは儲けることもできるし、給料を支払ってもいい。ただし、活動によって得られた利益は、再びその公益的な活動に充てなければならない。儲かったからといって、株式会社のように株主配当やボーナスを支給することができないのがNPOである。

では、ベルマーレはなぜNPOを選んだのか。端的に言えば、直接の理由は「お金がないから」であり、ポジティブな動機は「恒久的に湘南に存在するクラブになりたいから」である。

ご存知の通り、ベルマーレは99年に当時の親会社フジタの完全撤退でクラブ存続の危機に立たされた。幸いにも新会社「株式会社湘南ベルマーレ」(以下湘南FC)を設立し、とりあえずの存続は決まったものの、この時、年間予算6億円、社員10人。「カネ」も「ヒト」も絶対的に不足した状態でのリスタートだった。

「ヒト」に関して言えば、サポーターをはじめとした多くの支援する人々の出現と、クラブ側のオープン路線によって、ほとんど解決している。
 あれから3年が経ったいまではホームゲームやクラブハウス、食堂、インターネットの運営から、さらにはフロント業務に至るまで「お手伝い」レベルではないボランティアたちによってまかなわれているのである。
 経営危機というピンチは、参加型クラブ実現へのチャンスだったと言ってもいいほど、いまやその関係は成熟している。

しかし「カネ」の方はいまだ解決していない。J2降格によるスポンサー・入場料収入の減少、さらに2年目以降はリーグからの分配金も削減と、いまも決して余裕のある経営状態ではない。

現在ベルマーレを切り盛りする湘南FC常務取締役の真壁潔は、クラブ存続が危ぶまれていた頃、古前田充強化部長(当時)が沈痛な面持ちで語った言葉が忘れられないという。それはこんな話だった。

「サッカースクールの中学3年生の父兄から電話がかかってきて『来年もベルマーレはあるのですか』ときかれるんだ。『ベルマーレでサッカーを始めたから、ベルマーレで続けさせたいが、もしなくなるのなら進路を考えなくてはいけない』と。その電話に答えるのが一番辛い」

 そう語る古前田の表情にクラブが消滅するということの悲しい現実を、真壁は思い知ったのである。しかし、現実にクラブ経営に携わる身とすれば、やはり下部組織は負担だった。フジタ時代の経営陣も去り際に「ユース以下は赤字だから経営を考えれば切った方がいい」という忠告を残していた。

「J1を目指すことを考えればトップチームの強化費は削りたくない。となればやっぱり最初に手をつけたくなるのが下部組織なんです。どのクラブでもそうだと思う」(真壁)

 もちろん、「地域密着」という理想を考えれば、もっとも大事にすべきなのがこの下部組織である。
 だが、経営が破綻してしまっては元も子もない。「強化」(勝利)か、「育成」(地域密着)か。そんな二者択一を迫られる日がそう遠くないうちにやってくる可能性は十分ある。それどころか再び存続の危機に直面しないとも言い切れない。
 それでも「湘南の地に恒久的に存在するクラブ」を目指すベルマーレとしては、下部組織をなくすことは考えたくなかった。

 両立するためにはどうすればいいか。親会社の撤退から3年、ベルマーレが模索してきたその答えがNPOだった。

 湘南FCと湘南SCはダブルピラミッドを形成している。ユースチームとトップチームが湘南FC、それ以下の下部組織やスクールと、ビーチバレー、トライアスロンを合わせた部分が湘南SCである。

一目瞭然、湘南FCにとっては経営を圧迫しかねない下部組織の経費が削減される。
 一方、湘南SCはサッカースクールのみならず、ビーチバレーやトライアスロンの教室なども開催する。これまで湘南FCが展開してきた小学校への巡回授業もすでに湘南SCへと移管されている。社会や地域に貢献することを目的とするNPO法人の趣旨に沿うことは言うまでもない。

 クリアすべきは一点。湘南SCの財政基盤の確立である。これにはNPO法人の長所が最大限に生かされる。NPO法人はその性格上、補助金や受託事業を受けやすい。例えば審査に合格すればtotoの助成金などを受け取ることができる。
 また自治体のイベントも受託しやすくなる。平塚市主催のスポーツイベントを湘南
SCが運営する、という形で地域に貢献しつつ収入を得ることも期待できる。

 もちろん主な財源は法人会員からの会費収入、スクールなどの月謝や年会費だ。
 ちなみに法人会員は一口
20万円。スタジアムに掲出する看板(最低80万円)よりも安く、しかも一サッカーチームのためではなく、あくまでも地域スポーツへの寄付である。理解を得やすい。また法整備が整えば、会費を払う側にも税制上の優遇が認められる。
 もしも湘南をスポーツエリアに、という夢に賛同する人がたくさん集まれば…。ベルマーレが描く夢の設計図とはこの先である。

週末、平塚海岸で開かれるビーチバレーやトライアスロンの大会に地元の人々が集う。子供たちが砂にまみれ、父親が自転車で疾走し、母親が応援する。
 主催は自治体。市民が望むならばサイクリングコースも整備されるかもしれない。
 運営はベルマーレ。ノウハウはもっている。そう言えば今日は平塚競技場でナイターがあるぞ。シャワーを浴びたらちょっと応援に行ってみようか…。
 どうだろう。なかなか幸福な風景ではないだろうか。

 もちろん、湘南SCの挑戦はまだ始まったばかりだ。だが、この壮大な実験をサッカー界のみならず、多くのスポーツマンが期待を込めて見守っている。
 そして、実験の成否はベルマーレではなく、僕たち自身にかかっている。


*本稿は「週刊サッカーマガジン」(02.11.13号)に掲載されたものです。




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