BELLMARE 2003
[取材ノートからB]
95年12月27日・三ツ沢競技場 ベルマーレ2対1タラバ
95年暮れ、アジアカップウィナーズ選手権の決勝でベルマーレはタラバと対戦した。準決勝で横浜フリューゲルスを下しての決勝進出だった
前半はベルマーレが押し気味だった。しかし、FWのエメルソンがことごとくチャンスを潰し、じりじりとする展開。おまけにこの夜は冷え込みが厳しく、吐く息は真っ白だし、手がかじかんでメモは上手にとれないし、とにかくゴールを決めて気分だけでも温めてほしいと願いながら取材していた。
先制点は28分、名良橋だった。ベッチーニョからのパスを受けて左足で蹴り込んだファインゴールだった。しかし、後半早々にタラバのラヒム・フセインに右サイドを突破され、ゴール前でフリーになったカーラフに同点ゴールを許してしまう。
ともに相手の情報を持たずに戦っていたせいもあるのだろう。得点こそ1点ずつだったが試合そのものは乱戦気味で、両チームとも何度も決定的なチャンスをつかみ、それと同じくらい致命的なピンチに直面した。
勝負が決まったのは残り10分を切った頃。反町が左サイドから仕掛けてチャンスメークし、最後は中田が左足で決めた。
アジアタイトルに就いたベルマーレは翌年、韓国の一和天馬(現在の城南一和)とアジアスーパーカップも戦った。僕もプサン近郊の昌原まで見に行ったのだが、情けないことに試合内容はほとんど覚えていない(たぶんハイスコアゲームで負けたのだと思う)。ただ選手と一緒に飯を食いに行ったこととか、おいおい、おまえら煙草吸ってんのかよ!とかそんなことだけが思い出として残っている。
ちなみに三ツ沢でベルマーレと戦ったタラバは選手名から察することができる通り、イラクのチームだった。試合後の記者会見でイラクのサッカー事情について丁寧に教えてくれた気のいい監督のことを、ここ数ヶ月ニュースを見ながら僕は何度か思い出した。
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今年ベルマーレはJ10年目を迎えました。この機会にベルマーレの「あの時」を振り返っておこうと思い、過去の取材ノートを引っ張り出してみました。今後も不定期で綴っていくつもりです。
なお本稿は「ベルマーレホームタウン新聞」に掲載されたものです。