BELLMARE 2003
[取材ノートからE]
98年4月18日・国立競技場 ベルマーレ3対2アビスパ
50メートルは大袈裟かもしれない。でも40メートル近くはあったのではないか。前半12分、アビスパDFの裏へ飛び出した西山哲平へ向かってまっすぐに転がっていったグラウンダーのスルーパスである。
98年4月。ワールドカップを目前に控えたこの頃、ベルマーレには小島伸幸、中田英寿、呂比須ワグナー、さらに洪明甫と日韓の代表選手たちがいた。
その周囲にも中堅の田坂和昭、松川友明、西山、ベテランになりつつあった名塚善寛、岩元洋成、公文裕明、外国人のクラウジオがいて、メンツもバランスも揃ったいいチームだった。
ちなみに岩元や公文は地味ではあったが、「ベルマーレ平塚」時代を支えた名バイプレーヤー。「暴れん坊」にとってなくてはならない存在だった。
さて40メートルのスルーパス。それは自陣から繰り出された。
出し手はもちろん中田。クリアボールを拾って前を向き、右足のインサイドで強く、速く、しかし芝生の上を滑るようにまったく弾むことなくアビスパ陣内深くと向かっていった。
この日、呂比須と2トップを組んだ西山の動き出しも素晴らしかった。しかし、相手DFの隙間を抜け、走り込む西山の足元へぴたりと辿りついたあのスルーパスには思わず息を呑んだ。それは中田の視野の広さとスキルの確かさ、そしてコンマ数秒後のピッチをイメージする予知能力の高さをまざまざと表していて、僕は思わず鳥肌が立ったものである。あそこが見えるのか、あそこに出せるか、と。
ゴールを決めた西山が小躍りすれば、中田も珍しく(ご存知の通り、この頃の彼はいつも無表情だった)笑顔をみせて喜んでいた。彼にとっても会心の一蹴りだったに違いない。
この後、ワールドカップを経て、中田はイタリアへ渡る。ペルージャで彼が繰り出す長く強く速いスルーパスを見た時、僕はこの国立でのシーンを思い出したりした。
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今年ベルマーレはJ10年目を迎えました。この機会にベルマーレの「あの時」を振り返っておこうと思い、過去の取材ノートを引っ張り出してみました。今後も不定期で綴っていくつもりです。
なお本稿は「ベルマーレホームタウン新聞」に掲載されたものです。