BOOKS

 それぞれの終楽章/阿部牧郎
 直木賞受賞時に「生計のために官能小説を書いてきた。本当はこの作品が書きたかった」と著者が語っていたのを思い出す。そんな思いを主人公がそのまま述懐する自伝的レクイエム的郷愁小説。(02.12.14)

 症例A/多島斗志之
 
解離性同一性障害、いわゆる多重人格を題材にした小説。静謐なラブストーリーでもある。ただし主人公のセリフにもある通り、「馬鹿げたサイコホラー映画や小説の類」ではない。特に前半はまるで精神病理の入門書のようにディテールが積み重ねられ、分裂症、境界性人格障害、神経症、解離性同一性障害などの説明が延々続く。
 そんなこととは露知らず読み始めた僕は回想を強いられることになった。あの時の、あの言葉は、あの表情は、と…。無論、精神科医でもない僕に求められる解はないし、もし解けたとしてもいまさら時間を巻き戻せるわけではないのだが。(02.10.28)

 フォーカスな人たち/井田真木子
 
僕が仕事のジャンルをスポーツ中心にシフトした91年頃、最初にやらせてもらったのがプロレスの仕事で、ちょうどその頃に「プロレス少女伝説」で大宅賞を獲ったのが彼女だった。当時、同年代(といっても10歳年上なのだが)の彼女のプロレスというジャンルでの受賞に刺激を受けたのを思い出す。とにかく、受賞作のおかげで僕は長与千種に何度かインタビューをする時にも困らなかったし、「リングリングリング」という映画を見て泣くことになった。
 昨年急逝。その著作の広がり、濃密な姿勢と吟味された言葉の数々に改めて敬意と惜別の念を強く覚える。(02.10.21)

 東電OL殺人事件/佐野眞一
 すごいよなあ。こういう仕事を読むと、自分のやっていることがママゴトのように思えてしまう。まさしく豪腕と呼ぶにふさわしい。それにしても彼女は一体なぜ円山町に毎日立ち続けていたのだろう。(02.9.5)

 新世紀へようこそ/池澤夏樹
 
昨年9月11日以降、ホームページで書き綴られてきた「新世紀へようこそ」の書籍化。テロは許されない。しかし…の続きを、一部分に特化することなく、相対化を意識しながら、想像し、思考し、表現してきた日録風エッセイ。もちろん著者自身が「あとがき」に記している通り、「世界のありようについて人間が考えることは世界がある限り続く」ことであり、「ゆっくりと息の長い呼吸のような作業」は今も、これからも続いていく。
 ちなみに僕にとっては再読。9.11について考えるヒントとしてサイト上で読み続けていたので。またワールドカップ期間中、スポナビなどネットメディアで執筆したコラムは、実はこのサイトの文体を真似て書いた。ネットという形式の媒体で、読者に問題提起し、共に考えるのに最適の文体と感じていたので。(02.7.24)

 ラヂオ/阿久悠
 
阿久悠やなかにし礼といった優れた作詞家の書く小説は、なぜこんなに素敵なのだろうか、と最近よく考える。そして、あの限られた文字数の中に凝縮する作業を長年続けてきた後で、大きく広い真っ白い紙を目の前に、思いの丈が爆発するのかもしれないと思う。いずれにしても、あの短い詞を書く人の内側には、これだけの濃密な思いが詰まっているということ。『ラヂオ』も一見粗野で乱雑にさえ思える文体が、徐々に何とも言えない味を醸し出してきて…。決して追従しない(無愛想なほどの)筆致が、なぜか心に染みた。(02.3.4)

 パパ・ユーア・クレージー/W・サローヤン

 僕にサローヤンを教えてくれたのは、まだ20歳くらいの頃に付き合っていた少し年上の女性だった。当時、小説らしきものを自分で書いたりしていた僕は彼女にそれを読んでもらい、彼女は僕に一冊の文庫を貸してくれた(僕の小説らしきものを読んだ彼女は「カワバタくんって本当に素直なのね。素直すぎて私泣いちゃった」と言ってくれた。それが当時も、その後も僕にどれだけの勇気を与えてくれたかは、言葉では表現できない)。
 その後、彼女とはこみいった事情があって、会うことさえできなくなった。だから、彼女から借りた文庫も返すことができないままになってしまった。
 いまの家に引っ越してから、突然僕は彼女のことを思い出し、そしてサローヤンを思い出し、うちの本棚をひっくり返して、彼女から借りた文庫を探した。でも、それはいつの間にかなくしてしまったらしく、見つけることができなかった。
 それから僕は書店を探し、古本屋を探し、彼女から借りた「サローヤン短編集」を探したのだけど、見つけることができなかった。
 だから、その代わりに、いま書店に並んでいるサローヤンを何冊か読んでみた。でも、彼女から借りた文庫の(たしか)最後に収録されていた、父と息子が町外れの丘の上にある木に登って、町を見下ろす話、のように僕にぴったりくる物語に出会ったことはない。
 今回読んだ「パパ…」はどことなくあの丘の上の物語に似た匂いが感じられて、とても懐かしかった。いずれにしても、サローヤンには人生のすべてがあると、僕は思っている。(02.1.2)



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