BOOKS 2005

 だれかのいとしいひと/角田光代
 「解説」の枡野浩一による角田作品の主人公評――利口な人ならつまずかないようなことに、ひとつひとつつまづき、しかもあきらめが悪いからこそ、彼らにはドラマが生まれていく――通りの登場人物たちに起きた、ささやかな、しかし絶対的なエピソードを、やさしく丁寧にすくいあげた短編集。(05.7.31)

 
放送禁止歌/森達也
 前から読んでみたいと思っていた森達也。ちなみにCX深夜の良心「NONFIX」で放送されたドキュメンタリを僕はたまたま見て、非常に感じ入っていたのだった。その頃は「森達也」は認知していなかったけれど(つながったのはご他聞にもれず「A」だった)。本書はそのドキュメンタリ実現(だって放送禁止歌を放送するわけだから並大抵じゃない)の経緯を明かすとともに、放送後の追加取材も含めたノンフィクション。読み物としてのクオリティはお世辞にも高いとは言えないが、気合と覚悟がそれらをうっちゃって本としての迫力も醸し出している。
 規制の多くが、実は自主規制であるという事実に関してはきっとあらゆる業界で同じ現実があるはず(それは日常でもたくさんあるように思う)。(05.4.4)

 
海辺のカフカ/村上春樹
 
なるほど面白い。摩訶不思議でありつつ、時間と空間と、異界と現世を最終的には収斂させてしまう、まさに村上ワールド(まさしく「変身」を連想させられる趣も)。僕は「ねじまき鳥」に出てくるノモンハンの記述が好きなのだけど、同手法で綴られるナカタさんのエピソードもまた、やはり物語の奥行きを感じさせる魅力的な構成だった。しかも、これまでとは違って、登場人物が(本書でいえば例えば佐伯さんのような)喪失感のみならず、欠落とか空白と言いたくなるような“現実”的喪失(ナカタさんはもちろん、カフカ少年も)を抱えている設定。もしも、すべてを少年カフカの夢の中の迷路探検ととらえれば、夢と夢が織り成す非現実世界の中に(いかにも)現実的喪失が存在するという倒錯(矛盾?)した物語ともいえる。だからこそ繰り返し述べられるように、それらを結ぶものは<メタファー>でしかない、ということになるのだろう。
 とはいえ、正直に言えば、僕にとってはどこか饒舌すぎて、だからどこか凡庸で退屈に感じられた。やはり僕にとっては羊三部作なのだ。こういうことを言うと、ノスタルジーと笑われるかもしれないけど。あと「中野区野方」に泡を食った。(05.3.30)


 娼年/石田衣良

 人間は探しているものしか見つけない。あなたがくだらないと見下しているものはもっと素晴らしいものなのよ。…もちろんがっかりすることもあるでしょう。だけど、あなたは一生理解できずに、それでも一生愛するしかないものの前にいる。この世界で生きている限り、女性からもセックスからも逃げ切ることはできない、と説得されて「娼夫」となったリョウ、20歳のひと夏の「女性」体験を通した自己発見記。女性器の奥の奥に、世界と自分を見出した(ような錯覚?)経験のある男性にとってはきっと腑に落ちる小説。何はともあれ、そこは(エロスとしては刹那的な場所だが)アガペーに満ち溢れている。(05.3.7)

 
松本清張傑作短編コレクション(上)
「砂の器」(中居正広)、「黒革の手帳」(米倉涼子)と再び注目を浴びている松本清張の傑作短編を宮部みゆきがセレクション、という巨匠に対していかがなものか、という営業戦略丸出しの文庫本。とはいえ(と、いかにものフォロー文脈に乗せるのは忸怩たる思いがあるが)誰もが知っているけどホントにわかってはいない巨匠の作品を読む絶好の機会であることは間違いないわけで(宮部みゆきの前口上に期待した読者は拍子抜けすることになるが)。
 傑作短編の数々は、時代背景のせいで古色蒼然とした印象はさすがに拭えない。でも「1年半待て」とか「地方紙を買う女」とか「真贋の森」あたりのタネは非常に面白かった。もっとも、そのタネを仕込んだところで巨匠の興味がすでに終わっているところが(だってどの作品も「結」は手抜きかと疑うほどにあっさりしているんだもん)何より面白かったのだが。(05.2.28)

 
ビタミンF/重松清
 うまい! 本当に上手な人は平易な表現で何もかもを書き切ってしまう、ということの見本のような作品群。エッセイなどを読んでいてもいつもしみじみ思うのだが、いま日本で一番上手なフリーライターではないか。本当に上手な…のくだりはサッカーはじめスポーツにも流用できる真理。(05.2.14)


 
日本代表監督論/潮智史
 オフト、ファルカン、加茂、岡田、トルシエ、ジーコとJリーグ以降の日本代表監督について、それぞれの就任のいきさつ、在任中のエピソードなどを列記した本。「論」というタイトルには違和感があるが(そして時にメモ書きのような日本語には首を傾げざるをえないが)、裏話の数々は非常に面白い。さすが新聞記者の取材力、と感嘆するばかり。
 とはいえ僕が本書を推奨することはない。著書が「朝日新聞社の記者」であるからだ。(これは以前同社の別の記者に直言したことだが)ひとつはフリーライターの立場としての嫉妬。大新聞の資金力と人数をかけたこうした取材パワーに太刀打ちできない僕はただただ地団太を踏むしかない。
 それからもう一つは、朝日新聞の購読者としての不満。朝日新聞は購読者の払う購読料で成り立っているわけで(現実には購読料よりも広告収入の方が多いに違いないが、これは現実にはスポンサーマネーによって成り立っているサッカークラブが入場料を払ってくれる観客を第一に大事にするべきであるのと同じ道理である)、にもかかわらず紙面に書かなかったネタをこのように単行本化(それも他社から)するのは購読者に対する裏切り行為ではないか。こうしたアルバイトを社員に許す新聞社の態度は購読者軽視ではないか、と憤っているからだ。少なくとも僕は朝日のサッカー面に毎日目を通しているが、本書で披露されているような面白いエピソードを読んだ覚えがない。購読料によって給料をもらい取材経費を得ておきながら、購読者に伝えないのはいかがなものか……などなど胸中穏やかではないのだが、やはりこの憤りには嫉妬が交じっていることは否定できないわけで、それもこれも僕が狭量であるからに違いなく……。(05.2.2)

 
海と犬と雑貨のこと。/上野朝子
 雑貨とアメリカと茅ヶ崎な本。うちの近所にある「サザンアクセント」のオーナーさんが著者。青の水彩絵の具を濃淡混ぜて横にひいたような空と海とえぼしのカバーがカッコかわいい。
 ちなみに僕はどこかへ出かけるときには、必ずこのアンティークと生活雑貨を扱うタイニーな店の角を通る。通るのだが、ラチエン通りは道幅が狭いので止まることはおろか、覗き込むことも難しい。チラッチラッと目の端に入れながら「いい感じの店だな。絶対中身もいいはず」と確信しつつも、立ち寄ることができないまま1年を過ごしてきた(もちろん徒歩で行けばいつだって行けるわけだけど、この手の店は力んで行ってはいけないというのが僕の考え)。先日自転車で通った時に初めて入店し、ポストカードを数枚と本書を購入。本当はランチョン関係でいい感じのものが多数あったのだけど、家事(台所)絡みのものは当分自力で買わないことにしているので我慢して。置いてある雑貨の中にはオリジナルのものも、ドルで値札がついているものも。(05.1.22)

 少年H/妹尾河童
 へーっ、コスモスを秋桜と書くようになったのは戦中だったなんて知らなかった。敵性用語の使用禁止に文部省が定めた……。ふむふむ。「欲しがりません勝つまでは」という標語は大東亜戦争1周年記念「国民決意の標語」の入選作で、作者は東京の国民学校5年生、なんと11歳の女の子!……などなど戦時下の日本(神戸)のことがよくわかる小説。いやいや、これは裸の少年Hの無垢で、しかし辛辣な視線を通して戦争の時代を復刻した皮膚感覚のドキュメンタリである。(05.1.20)