COLUMN



 サボッた言い訳を都合よく解釈してみると。(00.6.3)

 すっかりこのコラムを書くのをサボッてしまった。別に仕事ではないのでサボッたっていいとも言えるが、アクセスカウンターが増えているところをみると、きっと何度もこのホームページを覗いてくれている人もいるわけで、そういう方には「いつまで経っても何も更新されてないぞ…」と不愉快な思いをさせてしまったかもしれないわけで…。すみませんでした。
 もちろん更新できなかったのにはちゃんと言い訳がある。少々忙しかった。時間的にも気分的にも。久々にルポものや取材ものの仕事をしていたので。

 僕は、物書きになると子供の頃から決めていたので、大学を確信犯的に辞めてしまったのだが、いざ辞めてみると、「学生」でも「社会人」でもない自分には何の力もなく、飯も食えないという現実に直面してしまった。今から13年くらい前の話である。
 つまり「何者でもない」個人には、社会の中で居場所がないということに、身をもって気づき(いわば透明人間のようなもの。社会的に認められず、経済的に成立せず、精神的に孤独に陥る)、結局、肉体労働で辛うじて家賃と食費を稼いでいたのだった(なんて書いていると「そう言えば『history』の続きを随分書いてないなあ」とまた反省しきりですが)。

 そんな時に僕がようやくありついた仕事が、週刊誌記者だった。当時の僕にとって、そこで得られられる収入は、もう夢のようなもので、家賃や食費の心配をしなくていいのはもちろん、酒を飲んでも経費で落とせたり…。ものすごくありがたい境遇だった。本当に。
 おかげで、経済的苦境からは脱出できたのだが、仕事の方は、非人間的というか、労働基準法とは無縁というか…。

 毎週、企画出し→会議→アポ取り→取材→原稿を繰り返していく−−しかも企画を出せないと罵倒され、時間的制約の中でのアポ取りはプレッシャーが強く、取材前のにわか勉強に追われ、結局週に1、2度は徹夜する−−という時間的にも体力的にも精神的にもかなりハードなものだった。
 おまけに、ある週は財テクをやり、次の週は企業トレンドをやり、その次の週は檄安ソープランドをやり、そのまた次の週は不動産をやる…なんて感じで、ジャンルも取材対象も様々だったから、やっぱり大変だった。

 その仕事を3年ほどで辞めた後、僕は「フリーライター」になり、自分の好きなスポーツに特化して、原稿を書くようになって……もう10年くらいになる。
 それはそれで大変なことも多かったのだが、それでも自分が好きな世界で、それなりに基礎知識があり、それに上積みしていく知識もどんどん吸収でき、並行してその世界でそれなりの居場所(ポジション)を確保していくことは、精神的にも健全なものだったし、仕事としても楽しいものだったのだなあ、ということを、先月久々にかつてのような仕事をしてみて気付いた。

 おまけに「楽すること=いけないこと」という貧乏性的行動規範をもつ僕としては、(それなりに頑張ってきたことを認めつつも)、こういうプレッシャーを感じつつ、嫌な思いをしながら、違うジャンルのこともやっていくことも必要なのかなも、とも思ってしまった。
 仕事でも人間関係でもそうだと思うが、時折「異物」と接したり、居心地の悪い場所に身を置くことによって、人間は鍛えられていくのだと思うから。
 面倒だし、落ち着かないものではあるけれど、先月ひょんなことからかつてのような仕事をしてみて、そんなことを感じたのだった。

 とにかく、自分をもう一度客観的に見ることもできたこと、これまでやって来たことを俯瞰することができたこと、そして世の中の仕組みを少し違った視点で見ることができるようになったこと、は僕にとってプラスだったような気がしています。

 そんなわけで僕の目下の関心事は、「トルシエ」、そして「総選挙」に「少年たちの心」。
 サッカー協会云々を考えながら、同時に自自保連立や親子関係について思いを巡らせたりしている。


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