COLUMN



「2006年ドイツ開催」のニュース。そして4年という時間。(00.7.16)

 2002年の次のワールドカップがドイツでの開催に決まった。
 今回の開催地決定もやはり政治的色合いの濃い、つまり灰色の部分が多い、決定となった。直前まで優勢が伝えられていた南アフリカが、最終投票で逆転されるまでの間には、買収や脅迫があったらしいし、土壇場でキャスティングボードを握ることになったオセアニア代表のチャールズ・デンプシー理事は、決戦投票を棄権することを決めた後、投票を待たずに機上の人となり、母国ニュージーランドで「生命の危機も感じた」と語り、FIFA理事の職を辞した。

 投票に至るまでの過程に溯れば、今回もFIFA会長(ブラッター)とUEFAの対立、UEFA内での駆け引き、その周囲で勝ち組みに乗ろうとカメレオン的に、あるいはハイエナ的に動き回るサッカー第3国の理事たち、と恒例の醜い駆け引きが繰り広げられた。
 とはいえ、公明正大・清廉潔白を声高に叫ぶほど、僕も純真・単純ではない。世の中というのは、こうして動いていくものだと、心のどこかで諦観していることを否定できない。ワールドカップだって、オリンピックだって、日本の選挙だって、いや社内の人事だって、そういうところはあるんじゃないのと。

 要するに、みんな、勝つことと得すること、あるいは負けないことと損しないこと、のために生きているのだ。世の中で起きる物事の大半は、<勝ち負け>と<損得>で、測れることばかりなわけで。
 違いがあるとすれば、ニュースになるだけの社会性があるかどうかくらいなもので、みなさんの周囲にも、この手のことは大なり小なり転がっているのではありませんか。何せ、それがフツウの物差しなんだから、たぶん。

 それを疑うことなく信じている(というより自分で考えられない)母親が、そんな物差しで子供を育て、もちろんその子供はその物差しに汲々としながらも、他の物差しがあるかもしれない…と想像することもできず、また大人になり…まったく何という世の中なんだろう。
 なんて書くと、僕が世の中にとっても絶望しているかのように聞こえるかもしれないけど、実は実際そうなのです。そんなわけで、僕としては、いかにすればそんな物差しの外側に出ることができるか、そればかりを考える毎日で、これって結構、精神的には不健康な状態なわけで…。うーん、こういうことをわざわざ書くのはやめよう。

 現実的で、経済性のある、社会的なことに無理やり話を戻すと、4年前、日韓共催が決まった時、僕はチューリヒにいたのだった。
 あの日は、まるで夏のような日差しが照りつけていて、とても暑い一日だったなあ。同じように政治的な取引によって共催という結果が導き出された時は、当事者だったこともあって、僕はとても熱くなっていたなあ、なんてことを思い出す。
 そう言えば、あの時は、自腹で取材に行ったにも関わらず、結果的には(今はなき)専門誌とか一般週刊誌とかに原稿を書いたりして、それなりに儲かったし(と言っても本当に微々たるものですが。まあ赤字じゃなかったという程度)。

 とにかく新聞とか雑誌も大きくページを割いて、共催を報道していたし、日本国中がそれなりに盛り上がっていたように思う。少し視点をずらすと、あの頃、中田英寿という名を知る人はあまりいなかったし、岡田武史なんて名前を知っている人は皆無に等しかった。もちろん二人ともちゃんと存在していたんだけど。
 翌97年に、中田は日本代表デビューを果たし、同じく97年秋に岡ちゃんは加茂さんの後を継いで、一気にスターダムにのし上がったのだった。そして、日本はついにワールドカップ出場を果たし、その初舞台で3戦全敗を喫し、トルシエ監督が来日し、ゴタゴタ揉めて、現在に至る、というわけである。

 なんて俯瞰すると、わずか4年の間に色んなことがあったのだなあ、というのが素直な感想。同時に、4年あれば、人間の運命なんて大きく変わってしまうのだなあ、とも。
 僕自身について考えると(考えるまでもなく)4年前と現在とでは完全に別人と言ってもいいくらいに、変わってしまった。「しまった」と書くと、悲しい響きになってしまうけど、とにかく変わった。
 でも、まあ過去の4年がそうであったように、未来の4年も、またまた僕を大きく変える可能性はあるわけで、その意味では、何だか少し希望が湧いてきたりもしたりして。

 いつものようにダラダラと書いていると何の結論も出ないので、今回のドイツ開催決定のニュースを聞いて、僕が思った「まともなこと」を最後のひとつ。
 これで2回連続、FIFA会長(前回アベランジェ、今回ブラッター)が推す国が敗れたことになる。UEFAのヨハンソン会長は引退を表明しているから、今後その後釜に収まる人間には、結果的に絶大な権力が委譲されることになりそうだ。
 そう言えば、お隣りの、2002年を共同開催し、南北統一も見えてきた韓国の鄭夢準氏は、4年前からヨーロッパと密接な関係を維持している。もしかすると、これからの世界サッカー界のキャスティングボードを握る存在になる可能性は大である。アジアじゃなくて、世界だからね。いやあ、すごい話です。
 翻って日本はどうかというと…。
 なんてことを第一報を聞いて、思ったのでした。