川口能活の移籍に際して。 01.10.26


 川口能活がイングランドへ渡った。
 ラストゲームとなった
1020日の横浜国際競技場には、ヨシカツ・コールがこだましていた。
 正直に言えば、試合内容はプアなものだった。マリノスも、セレッソも、順位にふさわしいサッカーを繰り広げていた。
 しかし――。
 ラスト
10分。ゲームとスタジアムの様相は、一変する。
 2点リードされていたマリノスが、まさに「奇跡的」な同点劇を演じたのである。
 80分間、何だかなあ、と思いながら観戦していた僕は、ラストの10分と、延長に入ってからの21分間、胸が熱くなりっぱなしだった。
 ピッチに立つマリノスの選手たちも、スタンドの観客も、みんなが「ヨシカツのために」という思いを発散していたからだ。

ドラマチックな同点劇、そしてスタジアムに充満していたやさしい気持ち。
 ああ、ヨシカツはみんなから愛されているんだなぁ…。
 僕は心からそう感じ、そして、ここに辿り着くまでの彼を思い出して、胸を熱くしていたのだった。

 彼との付き合いは、アトランタ五輪予選以来だから、もう5年になる。
 5年――。
 人生のなかでは短い時間かもしれない。しかし、盛りの短いスポーツ選手にとって、またそんな彼らを取材する側にとっても、5年にわたって一人の選手を追い続けられるのは、稀有なことと言っていい。
 しかも、彼はその5年間の間、ずっとトップレベルにいた。これもまた、ピークの短いスポーツ選手、ましてその間の日本サッカー界の急激な成長を考えれば、快挙と言っていいと思う。

 96年3月。マレーシアの首都・クアラルンプール郊外のグランドで、ヨシカツはいつも怒鳴っていた。練習の最初から、最後までずっと。
 いや、正確に言えば、オリンピック・チームの練習が完全に終わり、ほとんどの選手がグランドから引き上げた後も、彼はまだ怒鳴っていた。サミア・コーチと向き合いながら。
 熱帯の夕暮れの中で、右に飛び、左に飛び、チクショー、クソォと怒鳴っている若きゴールキーパーは、美しくもあり、また痛々しくもあった。
 そこまで自分を追い込む必要があるのだろうか。ストイック、あるいはスポ根。前園や中田などスタイリッシュな選手が多い、あのチームにあって、彼だけは特別だった。完全に、浮いていた、と言っていい。

 チームの中で、浮いていた、もっと強い表現をすれば、煙たがれていたのは、アトランタ五輪チームでだけのことではなかった。
 日本代表に入っても、マリノスでも、彼はしばしば孤立していた。ヨシカツは自分に厳しいと同時に、周囲にも厳しい男だったからだ。
 ゲーム中に、ミスをした選手を怒鳴り散らす姿を見たことがある人も多いだろう。ああした姿勢は、普段のトレーニングでも、日常でも、同じだった。

 もちろん、彼は自分のために怒鳴っていたわけではない。チームのため、というより彼はとにかく勝ちたかったのだ。
 彼は、ただ勝つために、自らに厳しいトレーニングを課し、チームメイトにも同じことを望んだ。
 無論、どんな選手だって勝ちたいことに変わりはない。しかし、ヨシカツはあまりにストレートで、あまりにテンションが高すぎた。それが周囲の選手にとっては、付き合いづらい奴、という受け止められたのも、致し方ないことだったと思う。
 ヨシカツ自身だって、そのことを自覚していなかったわけではない。それでも、彼は自分を曲げなかった。

 そんな彼に、少しづつ変化の兆しが見え始めたのは、フランス・ワールドカップ予選の頃からだったと思う。韓国に逆転負けし、カザフスタン、ウズベキスタンと白星を飾れず、チーム全体がどん底まで落ち込んだ、あの予選の最中に、彼の中で何かが変わったようだった。
「負けて悔しいのは僕だけじゃないし、点をとられて悔しいのはDFも一緒なんだよね。そんな時に、僕が叱りつけてもダメだよね。逆に、僕が笑って励ましてやるくらいじゃないと…」
 そんなふうに彼が語っていたのを覚えている。

 それからの彼は大きく変わった。
 勝ちたい気持ちが減ったわけではない。怒鳴ることがなくなったわけではない。しかし、その場その場の状況に応じた対応ができるようになった。チームの最後方で、選手すべてを見渡せるポジションにいる者として、彼がプレー以外の何かを身につけた瞬間だった。
 
それから、うまいGKから、大きなGKへと彼は変わり始める。

 視線が世界へ向き始めたのは、フランス・ワールドカップの頃からだったと思う。
 ジャマイカに敗れた翌日、エクスレバンの湖畔にあるカフェで彼と会った。緊張感から解き放たれてヨシカツは饒舌に、3連敗の悔しさを語っていた。
 気分を変えようと、僕が「こっちの新聞の評価はかなり高いよ」と告げた時、彼の目がすごく輝いた。
「本当? イングランドとかってGKがすごく注目されてて、評価も厳しいっていうようね。そんな彼らに評価されるのは嬉しいよ。いつか僕も、そういうところでやってみたい」
 その時僕は、彼が海外移籍を志向していることを初めて知った。でも、同時に、GKというポジションで、しかも彼のサイズでヨーロッパでプレーすることは難しいだろう、と思っていた。もちろん、彼には言わなかったけれど。

 あれから3年4ヶ月。彼は見事に僕の予想を裏切って、海外への扉を開いた。この3年の間には、いくつかのクラブからのオファーがあり、実現まであと一歩という話もいくつかあったと聞く。
 そのたびに彼は期待に胸を膨らませ、交渉が不調に終わるたびに、落胆を繰り返してきたに違いない。海外移籍を目指してからの道程だって、決して平坦ではなかったのだ。だが、彼は、自分の目標を実現したのだ、自らの力で。


 移籍先のポーツマスは、お世辞にも強豪クラブとは言えない。プレミアに所属しているわけでもない。
 
だが、イングランドという新しい土地が、すでに日本でやるべきことをやり尽くした彼に、新たな挑戦を用意していることは間違いない。壁が高ければ高いほど、ヨシカツは頑張れる選手である。
 彼にとって、新たな挑戦の場が、そこにあるのなら、ヨシカツはいまよりもっと大きくなれるに違いない。
 だから、僕は彼の新たな旅立ちにエールを送りたいと思っている。

 それにしても――。

 ヨシカツに対して、僕はいま敬意でいっぱいである。あれほどまでにストレートに、あれほどまでに自分を貫いて、その末に、彼はチームメイトからも、サポーターからも認められたのである。
 そればかりか、いま彼はみんなから愛されている。
 決して「いい人」を通したわけではない。誰も真似できないほど頑固に強情に生きてきたにもかかわらず、彼はみんなから認められ、愛されているのだ。

 僕には、そんなヨシカツが羨ましくも思えるし、それ以上に、尊敬の念でいっぱいなのである。


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