COLUMN

 卒業から19年が経って。 01.11.4

 津高を卒業してから19年、この仕事を始めてからでも、もう15年が経とうとしている…。
 と、いかにもの書き出しで始めてはみたものの、実は3行目にしてすでに立ちすくんでいる。2年時の担任で、修学旅行でも大変お世話をかけた瀬古先生からの電話に、「はい、わかりました」と体育会ノリで即答したのがいけなかった(しかもその時僕は直立不動でした)。
「近況や最近思うことを」という依頼だったのだけど、僕にとってその手のことを語るのがもっとも難しいということを、懐かしさのあまりすっかり失念してしまっていた。

 そもそも僕はいまだに、昨日と同じ今日、今日と同じ明日というのを経験したことがあまりない。
 毎日、起きる時間も違えば、やることも違う。海外に取材に行っていることもあれば、1週間くらい人と会わないこともあれば、昼間から公園を散歩していることもあれば、六本木や歌舞伎町から朝帰りすることもある。だから昨日の話はできるが、「近況」を説明するのは、とても難しい。

 大学を横に出て、企業にも入らず、個人として生きてきた。周囲からは「毎日自由でいいね」とか「やりたいことやれて羨ましい」とか色々なことを言われる。
 20代の頃は「羨ましい」という声に対しては「だったらやればいいのに」なんて正論とはいえ、随分冷たい対応もしていた。

 確かに僕は毎日自由だし、やりたいことをやっているが、毎日自由ということは毎日何をやるかを自分で決めなければいけないということだし、やりたいことをやるためにはその前段階で相当面倒くさいことをいっぱいやっているわけで、おいしいところだけ見られても困るよ、なんて狭量なことを思ったりもしたものだ(もちろん稼がなきゃいけないわけで。そうそう、子供の頃に「好きなことだけやってたら生活できない」なんて言われましたが、あれは間違いですね。好きなこともちゃんと貫けば、きちんと食っていくことはできます)。

 もっとも30代も半ばを過ぎた最近は、「みんな色々あるからなぁ」という決まり文句に妙に血が通ってきたりして、大抵の場合は「お互い頑張るさ」的な口上でその場を荒立てることがなくなった。
 それはたぶん僕自身にも色々なことがあって、時に人は強さや刺激的な言葉よりも、ただただ柔らかくて暖かい慰め、に救われることもあるのだ、ということを経験的に悟ったからなのだと思う。いわゆる人間が丸くなったということではなく、経験が増えることによって、想像力の幅が広がったからなのだと思う。
(余談ですが、目の前にいる相手や隣に住んでいる家族、遠く離れている友達や空爆に晒されている異教徒、そんな誰かのことを想像することが、思いやりや絆、温もりや平和への第一歩だと僕は信じてます。思考停止こそが最大の問題なのだと)。

 そんなわけで、僕は子供の頃から自分の中で決めていた「物書き」になり、東京で生活し、今日に至っている。来週や来月の予定はあるけれど、来年どこで何をしているかは正直自分自身でもわからない。わからないというよりも、決めてない、といった方がしっくりくるだろうか。
 いくつになっても自分の心の内に耳を傾けて、やりたいと感じたことに飛び込んでいける勇気と、それを実現できる社会的な実力を身につけていたいと思っている。

 
そして同時に、もう一方の手でいつも握っていたいものもある。思い出だ。すでに定着した過去の中にいる時こそ、心安らぐことができるから.
 
だから(いかに直立不動であれ)恩師から電話をもらい、母校のことを思いながら綴ったこの数十分間も、とても幸福な時間だった。

*この小文は「津高校同窓会新聞」用に書いたものです。



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