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 [W杯旅日記 3]  東京−新潟−東京       02.6.3

 いま6月3日、午後10時すぎです。
 メキシコ対クロアチアの帰り。上越新幹線の中にいます。さっき高崎を過ぎた。東京まではあと1時間ほどです。
 自由席にいるのですが、メキシコのサポーターがいっぱいです。日本人4割、メキシコ人6割という感じ。歌や手拍子、叫び声がここ数十分ずっと車内に響いてます。

 新潟を発車してしばらくはお互いに少し遠慮してた。でも、メキシコの人たちが突破口を切り、それに呼応する日本人が出て、という感じで、いまでは随分な大騒ぎになってます。
 たぶん、普段外国人と(少なくともメキシコ人と)接していないだろうおばちゃんたちが、一緒に写真をとったり。まあ楽しそうです。

 そう言えば、車内販売の若い女性も、なかなかいい感じでコミュニケートしていました。笑顔+エンジョイ。いつもはあまり愛想があるとは思えない彼女たちが
すみません)、覚えたての片言の日本語、「イクラデスカ?」「アリガト…」てな外国人の語りかけに、誠実に、でも楽しみながら対応していたのは、なかなか気持ちのいい景色でした。

 実は僕はもっと、世知辛いワールドカップになるのではないか、と思っていた。色々なことをルールで縛り、行動を制限し、楽しみをスポイルしていくような窮屈なワールドカップにしてしまうのではないか、と懸念していた。

 でも、今日一日でそんな心配が吹き飛んだ。
 往路の上野−新潟でも、新潟駅でも、帰りの新潟ー東京でも、実にいい感じだった。僕のいういい感じとは、親切だとか丁寧だとかということではなくて、普段自分の殻に閉じこもりがちな日本人が心をオープンにしているシーンをたくさん目にしたから。

 うまくいかなくてもいい。時にはいざこざになってもいいと思う。
 ただ心をクローズにせずに、彼と自分との間に早めに線を引かずに、ルールで窮屈に縛らずに、それぞれの人がそれぞれの場面で、それぞれの判断で、異なった国の、異なった価値観の人々と絡む。それこそが国際化の第一歩だと思う。
 海外旅行に行って、非日常のなかで外国人やその価値観を体験するよりも、日常のなかでそんなものと遭遇することの方が、よっぽど意味があると思うのです。
 だって、相手が自分の生活の中に入ってくれば、知らんぷりはできませんから。
 日本でワールドカップをやることの最大の意味は、そこにあると僕は思っています。

 さてさて試合の方は、僕がもっとも注目しているG組の初戦だったのですが、クロアチアは全く動けないし、メキシコも…。
 でもプレスルームでボバン!にも会えたし、スタジアムの外も気持ちよかったし、なかなか面白い一日でした。

 この新幹線は23時ごろ東京駅に着くらしいです。そこから僕はスカパーへ行く予定。2時までの生放送に出て、帰宅は…。
 今朝はついに起きれなくて、予定の新幹線に乗り遅れてしまったし、そろそろ(ってまだ始まったばかりなのに)疲労がピークに達しつつあります。
 まあ、とにかく頑張ります(としかいいようがない)。

 あっ、明日は日本戦です。いままではワールドカップを見せてもらっているような気分でしたが、明日からは僕たちも参加者です。
 頑張れ、ニッポン!



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