COLUMN

 [W杯旅日記 14]    横浜        02.6.30

 いま6月30日深夜、正確に言えば、7月1日早朝です。
 この数十年間夢見続けた「2002年」が終了しました。ワールドカップの実現に携わったすべてのみなさま、おつかれさまでした。
 何より「ワールドカップを日本で」という途方もない夢を思い立ち、それを現実にするために奮闘し、ムーブメントを起こしたサッカー関係者のみなさま、また、その最終段階で、様々な局面に葛藤しながら、それでも実際に体を動かし、汗を流したボランティアのみなさま、ありがとうございました。
 みなさまのおかげで、僕も忘れがたい「1ヶ月」を過ごすことができました。本当にありがとう。

 それから、この1ヶ月間、僕を心配したり、励ましたりしてくれた、多くのみなさま、ありがとうございます。おかげさまで「完走」できました。

 さて、今日の横浜国際でのラスト数分、僕はすっかり胸が熱くなっていました。
 ここに辿りつくまでの道のり、「2002年」がとても大きな目標だったからこそ、その道のりが思い出されてしまって。
 例えば、Jリーグができたばかりの頃、まだプレスとして試合を見ることができなくて、それでもJリーグを見に行きたくて、中野サンプラザのチケットぴあに徹夜で並んでいた頃のこと、ドーハの悲劇をテレビで見て、日本代表がワールドカップへ行けない悔しさと、自分が「うちでテレビを見ている」と情けなさに打ちひしがれた時のこと、そして何が何でも4年後の予選は生で現地で見るぞと誓ったこと、そのフランス大会の予選全試合を取材し、最後のジョホールバルで仲間と共に抱きあえた時の達成感、それでもフランスワールドカップの取材ADをもらえず、また4年間頑張って次こそは、と思ったこと…などなど。
 本当にとっても個人的なことばかりで申し訳ないのだけど(このサイトはとってもプライベートな個人サイトなので問題はないのだけれど)、そんなこの十年間のことが、まさに走馬灯のように蘇ってきてしまった。

 そして、決して楽ではなかったけれど、とても楽しかったこの1ヶ月の「旅」と、十年間の「旅」が終わってしまうのが、無性にさみしくなって、コリーナさんにもうちょっとこの試合を続けさせてくれ、と内心で懇願してたりした。

 以前(たしかサッカーマガジンの連載コラムの最終回)にも書いたことがあるのだけど、夢はかなうのです。
 諦めないで続けていれば、必ず夢はかなう。本気なら諦められないし、諦めないということは続けるわけで、だから本気の夢は必ずかなう、と僕は思っています。
 何者でもなかった僕でさえ、十年間頑張っていたら(かなり幸運はあったとはいえ)ワールドカップを取材することができたし、サッカーの単行本まで出すことができたのですから。

 だから、「旅」の終わりのメッセージ(僕自身に対してでもある)は、夢はかなう。だから頑張ろう!です。とても単純で、芸がないけど。
 僕自身も実はまだ「旅」の途中です。人に言えば笑われそうな夢を、いまだに抱いている。でも、ここまで15年間フリーランスとして、自分のやりたいことをやってこれたのだから、これからもいつも片手に不安を握り締めつつも、まあ何とかやっていけるような気がするし、頑張り続けていれば夢もかなうような気がします。

 だいたいプロリーグもなく、人気もなく、金もなく、スタジアムもなかった80年代の日本サッカーが描いた「ワールドカップをやろう」なんて途方もない夢が実現するのを、僕たちはこの目で見たばかりなのです。
 だから、ワールドカップの記憶を、自信に変えて、これからも頑張っていこうと思います。

 というわけで、「旅日記」はこれにて終わります。
 最初に予言した通り、毎日更新には程遠かった。今回で「14」。でも、僕としてはものすご〜く頑張ったつもりです。
 そんなわけで、いまの気分は…。
 とっても元気です。


 なお私のこの「旅」のスケジュールは以下の通りでした。
 2002ワールドカップ取材スケジュール



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