COLUMN

 2002年回顧。          02.12.29

 ここ数年恒例になっている「今年の振り返り」をやろうと、ここ数日ずっと思っていたのだが、どうにもこうにも何を書けばいいのかがわからず手をつけられなかった。
 2002年という年は、僕にとっては明らかに一年ではなく二つの年で、一年365日を振り返って「2002年はこんな年でした」とまとめることができないのだ。あるいはまとめることに意味をもてないのだ。
 それでもあえて自分の記録のために記しておこうと思う。
 2002年は尾根だった。

 言うまでもなく前半6月まではワールドカップイヤー。2002年単年でのワールドカップイヤーというだけでなく、Jリーグ開幕から10年間の到達点という意味で、まさしくサッカーイヤーだった。
 ゴール直前の「スパート」、そんな1月から5月までと、十年がかりで目指したゴールを越える何ともいえない(高揚と惜別の入り混じった複雑な)「快感」で過ごした6月、それが今年前半の6ヶ月間だった。

「ラストスパート」はとても充実したもので、それこそ10年かけて作り上げた人脈や自分のポジション、それから自分の身体と生活をかけて手に入れた経験と、好奇心や勉強によって得た知識を、僕なりに最大限に生かしたり、織り込んだりしながら、仕事として形にすることができた。

 単行本『冒険者たち』(学研)は、トルシエ監督期の最後の一年を追ったものだが、もちろんドーハ以降、加茂・岡田監督期、フランス予選・本選での蹉跌を経てきた選手や日本サッカー界、そしてそれと併走したことによって獲得した僕の価値観の、せめぎ合いを記録したものだった。

 フジテレビのサイト「お台場どっとこむ」にて10回連載した『History〜日本蹴球の挑戦』は、日本サッカー史を辿るストーリーを時系列で紡ぎながら、戦後からの復興やバブルを経て21世紀に辿りついた日本と日本人について僕自身が考えるきっかけにもなった。物語の中には僕自身の人生の歩みもこっそりと投影してみた。小説という形態の面白さ、可能性について再考するきっかけにもなった。

 プレジデント誌で5回連載した『プロジェクト〜ワールドカップ招致』は、それらをさらに具体的に考える材料になった。つまりドーハ以後僕が見聞き経験してきたたくさんのシーン、特に96年共同開催が決まったチューリヒで覚えた憤りの中身、そして戦後の日本と日本人などなどについて、証言者と生で接することによって「思いの姿」が随分はっきりしてきたのだ。
 原稿自体はワールドカップというイベントの大きさと、それに関わってきた人々が費やしてきた時間や労力の膨大さを知ってもらうこと、という明確な目的に向かって書いたので、単純で浅薄な内容になってしまったかもしれない。
 でも実は誌面に露出したものの何倍、何十倍のネタや思想やヒントを、僕は取材を通して手にすることができた。この十年間サッカーの仕事をしてきて、ゴールラインを切る直前にもらったプレゼント、あるいは持ち越したテーマとして、今後いつか形にしなければならない宿題だと思っている。
 少なくとも、おかげでサッカーな時代を過ぎても僕は「何を書けばいいのかわからない」なんて道に迷わずにすむ。サッカーが、スポーツとしても、メディアとしても、時間的空間的な広がりがあり、テーマとその端緒の宝庫だいうことをいま改めて感じている。

「快感」の6月、ワールドカップの1ヶ月間は本当に幸福な旅だった。詳細はこのコラムに「旅日記」として記した。つい先日読み返してみたが、本当にいい旅だったなあと改めて感じるほどの特別な時間だった。

 そして旅を終えた7月、僕は尾根に出た。10年間登り続けた大きくはないかもしれないけど登りがいのある山の尾根。辿りつくと視界が開けてその向こうが見える尾根。
 景色が変わったのだから、気分も変わる。考えも変わる。何よりも目的地が変わる。
 そこからが2002年の二つめの段落の始まりだった。

 尾根から見えたのは望郷とでも言いたくなるような懐かしい風景だった。かつて僕が描いていた景色、本来踏み込むはずだった広い世界、そこへ続く遥かな道のり。
 そのとば口に再び戻ってきたような、またはようやくそこに辿りついたような2002年7月だった。

 それから半年、僕はそんな懐かしくも厳しそうな未知の世界を前に、気合を入れたり、自分を奮い起こしたり、できれば道を探ろうとしたり、そんなことを尾根の上に佇みながらやっていたように思う。
 半年もそんなことをやりながら(要するに何もしないまま)佇んでいる自分もいかがなものかと思う。ましてやいまのご時世、ただ佇んでいる、なんてことがすでに贅沢だ。
 でも意を決して尾根から野に下っていけば、また大変な世界を進んでいかなければならないわけで、その前にやっぱり準備は必要だし、何よりも自己確認ができてないとチャレンジなんてできるはずもない。

 そんなわけで今年の後半は、僕は大したことはやっていない。ワールドカップの総括本を一冊編んだのと単発の原稿を何本か書いたくらいなものだった。
 そんな中で「NPO」という日本にかかわるテーマと、「ベルマーレ」という僕にとって(サッカーという切り口だけではなく)特別な場所について何本かの原稿を書けたのはとてもありがたかった。
 尾根に佇むアイドリング状態で、なおかつ外向きではなく内向きのベクトルを抱えた状態で、社会的に意味があり、自己探求もできる原稿は、たぶん「そこ」にしかなかったと思う。
 ちなみに「そこ」については来年以降はもっと積極的に関わりをもつつもりでいる。トレンドではなく、リビングなテーマとして。

 最後に、もう少し各論でシンプルに、2002年回顧メモを。
 まず「韓国」。今年は実に7回も韓国へ行った。ハングルも多少使えるようになった。また9月の日朝首脳会談、拉致騒動以後は、そこに北朝鮮への興味も加わった。来年以降、もしかしたらもっと深入りするテーマになる可能性も感じている。

 えー、あとは毎年何をやってたんだっけな。そうそう、今年読んだ本と観た映画。本のベスト1は、小説ではサローヤンの『パパ・ユーア・クレイジー』、ノンフィクションでは佐野眞一の『東電OL殺人事件』。いずれも新刊ではない。
 映画の方は邦画では『贅沢な骨』(行定勲監督)、洋画(といっても香港映画だが)『ラブソング』(P・チャン監督)が印象深かった。こちらもいずれも今年公開作品ではない。

 あとこのサイトの「I'm here」を夏以降、日記調に変えた。もちろん仕事ではないので随分いい加減ではあるけど、何を書くかよりも、どう書くかをほんのちょっと意識したり、工夫したりしながら毎日書いている。何かの鍛錬になれば、という狙いが奏功するかはまだわからないが、無理しない程度に続けていくつもり。
 このサイト自体も、今後はこれまで以上に自由な箱(内容も、位置づけも)として活用することになると思う。




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