[After 9.11]F

「お元気ですか」で始まる手紙             04.3.24


 寒いです。めちゃめちゃ寒いです。せっかく春めいてきて「お花見!」なんて盛り上がりかけていたのに、これでは台無しです。ちなみに僕は風邪をひいてしまいました。みなさんも気をつけてください。

「寒い」と言えば先週末。3月20日の平塚競技場も寒かった。おまけに雨まで降ってたし。
 そういえば、試合終了直後にトイレで一緒になったレフリーさんは、おしっこをしながら「うぅ……うぅ……」と凄まじい唸り声をあげて震えていました。やっぱり相当寒かったみたいで。
「大変でしたねぇ」と同情の声をかけたら、「いやぁ、まいった、まった。水がお湯に感じますよ」と手を洗いながら苦笑いしていました。しかも、その体からはもうもうと湯気が。大変なお仕事ですね、レフリーも。
 もっとも、だからと言って仕事の評価に手心を加えたりはしない冷酷な僕は、某誌の採点欄に「4・5」と書き込みましたけど。

 さて、ベルマーレが今季初ゴールと今季初勝ち点をゲットした先週の土曜日は、(唐突ですが)「イラク開戦」から1年が経過した日でもありました。
 そんなわけで、今日は手紙をしたためてみました。宛先がわからないので、ここにアップさせていただきます。

 前略
 すっかりご無沙汰していますが、お元気ですか?
 あれから8年半が経とうとしています。そして、「あの日」から1年が過ぎました。
「お元気ですか?」なんて能天気な挨拶が許されるのかどうかわからないけど、本当に元気だろうかと心から想っています。

 年末の三ツ沢競技場でしたね。ものすごく寒かった。しかも、みなさんは僕たちに負けました。だから、きっと僕たち以上に寒さに震えたことと思います。ごめんなさい。

 そういえば、あの試合で決勝点を決めた彼は(知っているかもしれないけど)、いまイタリアでプレーしています。それからアシストしたベテラン選手。覚えていますか。彼は監督になって、チームを1部リーグに引き上げました。
 あ、ベルマーレは残念ながらいま2部です。でも、何はともあれ、平和な日本でサッカーをプレーしています。サポーターも楽しく(正直に言えば、悔しいときの方が多いけど)応援しています。

 本当に元気でしょうか。
 1年前の「あの日」、テレビであなたたちの国の首都の上空に煌く閃光を見ながら、最初に想ったのがあなたたちのことでした。あなたたちをきっかけに、僕はあなたたちの家族を想い、あなたたちのサポーターを想い、あなたたちの国の人々を想いました。

 僕はあなたたちの国に行ったこともないし、あなたたちのことをほとんど知らない。だけど、あの三ツ沢でのゲームがあったから、あなたたちにも日常があることを想像することができた。
 朝起きて、家族と挨拶をして、冗談言ったり、喧嘩したりしながら家を出て、練習をして、ボールを蹴って、時にはケガをしたりもしたかもしれない。とにかく、僕たちとは違うかもしれないけど、あの閃光の下にあなたたちの日常があるのだ、ということを僕は感じることができました。
 そして、「あの日」を境に、それまであった日常がなくなったことも。

 日常がなくなったり、変わることは容易ではないことは僕にもよくわかります。職を失ったり、恋人と別れたり、身近な人が逝ってしまった後、日常が歪んで感じられることがありますから。
 しかも、あなたたちの身に起きたことは、もっと大きな変化だと思います。
 そう考えれば、「開戦から1年」という「大見出し」が妙に生々しくリアルに感じられます。本当にお元気でしょうか。

 もちろん日常は僕たちとあなたたちだけにあるわけではありません。地球上のすべての国のすべての人たちにそれぞれの「日常」がある。
「9・11」以降、僕たちはそのことに改めて気がつきました。
 そして、この世界のためには、遠い誰かの日常を想像し、実感し、尊重することこそが大切なのだ、という考え方が広く浸透するようになった。
 日本でも池澤夏樹さんという作家がネットや著作でそうした目線を懸命に提示して、多くの人の共感を得ています。

 そう、決して遠い国の遠い話ではないのです。9年前の同じ3月20日、やっぱりそれまでの日常を失った人々が、僕たちの国にもいます。
 もちろんTOKYOの地下鉄で倒れた人々の日常もやっぱり僕は知りません。
 でも、僕自身の「その日」を思い出すことで、彼らに起きたことや、彼らが過ごしてきた時間をわずかでも理解することができるのではないかと思って、当時のことを考えてみたりします。

 9年前の僕は、ちょうど30歳になったばかりで、進むべき道に迷っていて、一人で沈思黙考していました。精神的にもボトムの時期で、OSAKAで大きな地震があり、TOKYOでサリンが撒かれた頃は、ちょうど井戸の底に一人でいるみたいな状態だった。
 ひとつ間違えば、まったく違う人生を生きていたかもしれない、というくらいの分かれ道にいました。
 でも、幸いにして、僕は「それまで」の続きの道を、いまも歩み続けることができています。

 僕は幸福ですね。幸運と言った方がいいかもしれない。
 あの日同じように三ツ沢にいた一人として、同じように地下鉄を利用する一人として、僕はそう思います。そして、日常を歪められた人々のことを、そして日常どころか命さえもなくした人々のことを想います。

 そうそう、とっても個人的なことで申し訳ないのだけど、さっきの話で「井戸の底」から僕が浮上できたのは、当時ベルマーレの広報をしていた寿原さんという方からの一本の電話がきっかけだったのです。
 その一本の電話で僕は「それまでの日常」に戻ることができた。たぶん、あの瞬間にベルマーレは僕の日常の一部になったのだと思います。あって当たり前というか、なくてはならないというか。

 実はあなたたちと対戦した後、日本経済も大変で、それにつれて日本サッカーも大変で、ベルマーレもすごく大変な時期がありました。危うく日常が歪みかけた時期もあった。
 すごく焦ったし、「できることはやらねば」なんて必死になった時期が、僕たちにもありました。

 でも、幸いにして、ベルマーレはいまも確かに存在しています。あなたたちのクラブがどうなったのかわからないのに、何だか嬉しそうに言って申し訳ないのだけど、ベルマーレはいまもちゃんとあって、2部で勝ったり負けたりだけど毎週末にはゲームが行われていて、スタンドではサポーターが元気に応援しています(やっぱり腹立たしいこともありますけどね)。

 しかも、さっきも書いた通り、「僕たち」なんです。「僕」ではなく「僕たち」。この力強さは、いま厳しい日常を過ごしているあなたたちにはきっとわかってもらえると思います。本当に僕たちは幸福だと思います。

 あ、別にささやかな幸せを噛み締めようと思って、こんなことを書いているのではありません。
 開戦から1年を機に、僕たちの日常を考えることで、あなたたちの日常――かつてあった日常と 、なくなってしまった日常――に思いを巡らせてみようと思ったのです。

 本当にお元気でしょうか。
 サッカーボールを蹴ることはできるのでしょうか。
 サポーターたちはいまも声をあげることができるのでしょうか。
 いつかまた試合をできるといいですね。


*このコラムは湘南ベルマーレの公式HP内「風の先の終わり、海の波の続き」に掲載したものです。


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