私を束ねないで  新川和江        05.7.1

 以前にも紹介したことがありますが、初めて知ったとき、「あ、まさにこれ、この気分」と膝を叩いた詩です。
 例えば「ライターだから」とか、「フリーだから」とか、「早稲田だから」とか、そんなふうに括られて、あたかも理解したかのように語られたときに感じる違和感や抵抗感が、まさにこれ、この気分、なのです。

 というわけで、最近、似たような感情になることが時々あるので、再び紹介。そして、アピールしておきます。僕を束ねないでください。
 おまけのお願い。こまめにけりをつけないでください。ヨロシク。

 ちなみに作者の違和感、抵抗感は「女性」として束ねられることに対してのようです。
 それから僕が初めてこの詩を知ったのは、「金八先生」でした。


                   *           *

  私を束ねないで
  あらせいとうの花のように
  白い葱のように
  たばねないでください 私は稲穂
  秋 大地が胸を焦がす
  見渡すかぎりの金色の稲穂

  わたしを止めないで
  標本箱の昆虫のように
  高原からきた絵葉書のように
  止めないでください わたしは羽ばたき
  こやみなく空のひろさをかいさぐっている
  目には見えないつばさの音

  わたしを注がないで
  日常性に薄められた牛乳のように
  ぬるい酒のように
  注がないでください わたしは海
  夜 とほうもなく満ちてくる
  苦い潮 ふちのない水

  わたしを名付けないで
  娘という名 妻という名
  重々しい母という名でしつらえた座に
  坐りきりにさせないでください わたしは風
  りんごの木と
  泉のありかを知っている風

  わたしを区切らないで
  ,(コンマ)や.(ピリオド)いつくかの段落
  そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
  こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章
  川と同じに
  はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩