「Jリーガー」という職業                  05.12.26


 サッカー選手は2度死ぬ、という。サッカーに限らず、スポーツ選手は人としての死の前に、現役引退というもう一つの死を迎えるという意味である……と書き出せば、普通原稿はその先センチメンタルな方向へ展開していく。その日を迎えた彼の胸中を、あるいはその日に至るまでの輝きを、情緒的に綴っていくことになる。
 だが、今回はあえて違った文脈で用いてみようと思う。これから始まるのが、ロマンの欠片もない、現実的で世知辛い話だからだ。
 例えばこんなふうに……。

 サッカー選手は2度死ぬ、という。彼らは現役引退という最初の死を迎えてもなお、もう一つの死に向かって生きていかなければならないということである。
 しかも大抵の場合(ここからが重要なところなのだが)その第2の人生は、それまでのように華やかで清々しいものではなく、地味で厄介で、そればかりか経済的にも恵まれない。おまけにそれは最初の生よりずっと長い。
 だから、プロスポーツ選手は現役引退という最初の死までの間に、その後の人生を賄えるだけのものを手に入れようとする。そして多くの場合、その望みはかなえられる。
 なぜなら彼らは類い稀な才能を持ち、それを開花させるべく努力をし、厳しい競争を勝ち抜いて、その職に就いた特別な人々だからだ。
 特別な人々には特別な名声と特別な報酬が与えられる。道理である。
 ところが――。

 Jリーグが誕生して13年が過ぎた。
 立ち上がり期の“バブル”こそ弾けたものの、Jリーグ創設をはさんだ<BEFORE>と<AFTER>を比べてみれば、競技力にせよ、人気にせよ、環境にせよ、あらゆる面で日本サッカー(界)は向上した。
 そんな中で、唯一引っ掛かるのがJリーガーの「待遇」である。わかりやすく企業の求人広告風に並べてみよう。通常はこんな感じだ。
<給与=20万円〜。昇給年1回。賞与年2回。社会保険(健康・厚生年金)。寮・社宅あり。勤務地都内>
 これを某J2クラブにあてはめてみると、こうなる。
<年俸=480万円以下。2年目以降、能力次第。社会保険なし。寮・合宿所なし。クラブハウスなし。練習場随時>

「年俸480万円」は月給に直せば40万円だ。悪くない。でもよく見ると「以下」とある。しかも2年目以降は「能力次第」。極論すれば「0」、つまりクビになることもありそうだ。
「社会保険なし」も気になるが、それより「寮・社宅なし」は痛い。しかもクラブハウスはおろか、専用の練習場もないらしい。就労環境がかなり不安だ。
 さて、この会社に入りたいと思うかどうか。

 無論、これはあくまでも某J2クラブのケース。<寮・合宿所完備、鉄筋クラブハウス、練習場2面あり>のクラブの方が断然多い。
 だが「某」だって一つや二つではない。31クラブの中には練習場は日替わりで、更衣室もシャワーもなく、車で着替えをするチームもある。
 あるベテラン選手はこう呟いた。
「お金はともかく、環境面では日本リーグ時代の方がよかった面もある。少なくとも自前のグランドはあったし、合宿所だから食事の心配もしなくてよかった」
 そんなふうに<BEFORE>を懐かしんでしまう現実をJリーグは抱えているのである。

 彼が「ともかく」と留保した「お金」にしても、前園が「僕らはラッキーでした。いい時代でしたからから」と語った通り“バブル”期は確かによかった。
 あの頃、年俸の相場は大卒3000万円、高卒1500万円。それが翌年には倍増した。プロ野球のような入団契約金はJリーグにはないが、「親の口座番号を教えてくれれば……」なんて会話も水面下では交わされた時代だった。
 それも昔の話だ。いまでは入団時の年俸は「480万円以下」。契約制度でそう決められている。規定の出場時間をクリアしてようやく「700万円以下」に昇格。上限なしで年俸をもらえるようになるのはそれ以降だ。
 しかも、「480万円以下」の身分でいられるのも3年まで。つまり入団して3年以内に戦力になれなければ「ゼロ提示」となる。だから登録抹消選手は20歳と24歳が多い。高卒、大卒で3年が過ぎた選手たちがクビになるからである。

 無論、プロスポーツは「実力の世界」。ハイリスクは当然である。だが、その一方で最高給取りでさえ1億円に届かない現実にはさすがに同情してしまう。
 以前、巨人軍の中堅選手から「銀行が住宅ローンの審査を通してくれなかった」とボヤかれたことがある。単年契約が原則のプロスポーツ選手は融資条件を満たすのが難しいのからだ。それでも結局彼はキャッシュで一戸建てを購入した。
 Jリーガーにそんな芸当ができる選手が何人いるだろうか。この時期、プロ野球の契約更改のニュースを目にするたびに出るのは溜息ばかりだ。おまけにプロ野球選手ほどサッカー選手は長持ちしない。「生涯賃金」なんて言葉はいまやJリーガーの前では禁句に近い。
「お金」について付け加えれば、あまり報道されないが、出場給が出場勝利給へと衣替えした。一見大して違わないように見えるが、実は大違い。
 つまり、かつては試合に出場すればもらえたボーナスが、いまでは出場して、なおかつ勝たなければもらえなくなったのである。

 これでもかと残酷物語のように並べ立てたのには理由がある。警鐘を鳴らしたかった。
 Jリーグキャリアサポートセンター(CSC)の中村裕樹はその役割をこんなふうに語った。
「Jリーグには約900人の選手がいます。毎年100人くらいが新しく加入してきて、ほぼ同じ数の100人が出て行く。CSCはその出口をサポートする仕事です。でも、それは同時に入口へのアプローチでもあるんです。つまり選手ももちろんですが、親にしてみれば……」
“マザーストップ”というらしい。母親が「やめておきなさい」と息子の就職(入団)を止めることである。
 現状の待遇では「Jリーグという業界」はその対象になっても仕方ない。Jリーグからの誘いに対して、大学への進学やJFL(企業)への就職を勧める高校や大学の指導者も多いと聞く。

 大人たちだけではない。人気職種ランキングで「公務員」が上位にくる時代に、夢や挑戦というロマンだけで「プロサッカー選手という職業」を子供たちがいつまでも選んでくれるかどうか。
 前園たちが活躍した時代。Jリーガーはかっこよかった。クラブハウスの駐車場にはポルシェやベンツがずらりと並び、彼らは肩で風切って歩いていた。蓄財もできた。
 しかし、そんな時代はすでに過去になった。あの頃を知っている選手たちもピッチから去ろうとしている。このオフにも白井博幸や森岡茂、それに小倉隆史が移籍リストに名を連ねた。雑草交じりの空き地に停めた国産車からジャージで降り立つJリーガーに“特別な”名声や報酬は微塵も匂い立たない。

 いや、いまのところは大丈夫だ。Jリーガーに憧れ、日本代表を目指す子供たちがすくすくと育っている。目下売り出し中のセレッソ大阪、古橋達弥のように、安定したサラリーマン(JFL)の身分を捨て、勇躍飛び込んでくる若者もいる。地味なシンデレラストーリーなら紡げる余地はまだある。
 だからこそ、いまのうちに手を打ちたい。ハイリスクにはやはりハイリターンの夢を。それが無理ならベースアップを。それも難しいなら待遇改善を……と連呼したあげくにJクラブの財布の中身を思い浮かべて沈思黙考する<現実>をそろそろ動かしたい。せめて第2の人生をゆとりをもって始められるくらいの業界に……。

 そう、これは「サッカー」ではなく、「業界」の問題である。そして、Jリーグという業界が魅力を失ってしまったとき、それは「日本サッカー」の大問題となるはずである。
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@ 現在Jリーガーの契約制度は3種類に分かれている。初契約は「プロC契約」で基本報酬は480万円以下。契約可能期間は3年以内。規定出場時間(J1=450分・J2=900分)をクリアするか、C契約を3年経過すれば基本報酬700万円以下(初年度)の「プロA契約」が結べるが、1チーム25人以内の定員あり。この枠に入れない選手は「プロB契約」を締結。報酬規定はC契約とほぼ同じ。

A 2002年に発足。就職斡旋、求人情報誌の発行など非契約選手のセカンドキャリア支援のみならず、インターンシップ(職場研修)、OB交流会、語学習得など現役選手に対する支援も行なっている。


*本稿はスポルティーバに掲載されたものです。