森田修平/ボランティア・静岡市役所経済局商工部
                 ――誰がパスをつなぐのか(クラブ編)
  06.5.29

――まずエスパルスとの出会いについて教えてください。
「Jリーグ立ち上げ時から3年間、はじめの2年間は清水市役所(当時)の企画調整課で、3年目は「サッカーのまち推進室」で市役所でのエスパルスの窓口役を担当しました。ですから仕事としてスタートしたことになります。リーグが始まるときにはスタジアム周辺自治会など地元との折衝もやりました。日本平の周辺の人たちにとってはJリーグ開催はお荷物なんです。普段静かなところがうるさくなるし、ゴミも出る。清水だからといってサッカーなら何でもOKになるわけではないんです。当時は地元に入って結構話し合いもしました」

――仕事として関わり始めて、その後ボランティアとしてもクラブを支えることになったそうですね。
「実は4年目までエスパルスにはボランティア組織はなかったんです。市民クラブなのにボランティアがないのも……という話になって、まず市の職員からやろうということになった。ちょうど商工課に異動になって直接の担当ではなくなっていたので、私もやることになりました」

――やはりサッカー熱の高いところですから、ボランティアもすぐに集まったのでしょうね?
「いえいえ、なかなか集まりませんでした。これは静岡人気質かもしれませんが、おっとりしていて、自発的に動こうとしないところがあるんです。だから組織を作って始めないと集まらない。それで役所でチームを作って、交代でやり始めました」

――静岡人気質ですか?
「静岡県は地理的に、何もしなくても東海道新幹線は通り、東名高速は通り、と自分たちで努力しなくても自然にできてきたところですから。自分たちで動かなければ、という意識は薄いところだという気はしますね」

――なるほど。ちなみに観客動員でもエスパルスは予想外に苦戦しています。サッカー王国だからチケットも簡単に売れるのだろうと思ったら、そう簡単ではないようです。その一方でチーム存続危機には市の人口以上の署名が集まるのですから不思議です。
「そこが静岡人らしいところで。何かあればやるけど、普段は遠巻きに見ているというか。特に清水の人間は地にサッカーがあるもんで目が肥えてますからね。自分がプレーする人も多いから時間が重なってしまったり。その代わりお客さんの年齢層は幅広いと思いますが」

――身近にありすぎて、ということですね。なかなか難しいものです。ボランティアではどのようなことを担当されているのですか。
「主に障害者の方のお世話をしています。はじめは5チームでスタートした市役所のボランティア組織も、いまは9チームに増えて100人弱います。人数が増えたので、交代でやっていると年に2、3回しか順番が回ってこなくて、立ち上げの頃からいる私にしてみたら、ちょっと物足りないくらいです。でも長い間やっているので車椅子の方などとはすっかり顔馴染みで仲良くなりました」

――ところで2003年に静岡市と合併しました。規模が大きくなったことで感じることはありますか。
「個人的な感覚ですが、こじんまりとしていた方が町を一色に染めやすいという気はしますね。旧静岡はもともと野球が盛んなところだし、旧清水はサッカー。小さい町ならサッカーに特化することもやりやすいですが、大きくなるとそうもいかないでしょうし」

――なるほど。平成の大合併で地域性が薄れていくような口惜しさは僕も感じます。無論、小さな自治体では生き抜いていけない時代になってきていることも十分承知していますが。
 最後に自治体の職員として、またクラブのボランティアとして何か提言があればお願いします。
「50年後、100年後を見据えてやっていってほしいと思いますね。町もそうです。いま商業労政課で市内の商店街の振興をやっているのですが、そこでも将来を見据えてやっていくことを大切にしています。エスパルスもJリーグも将来人が離れていかないように、未来を見据えて続けていってほしいと思います」



*本稿は「サッカーJ+」に掲載されたものです。