日本代表@アジアカップ             07.7.11

 カタールと引き分けた。
 ハノイの日本代表である。結果は引き分けだったが、内容的にはまずまずだったと思う。
 トップに高原一人を据え、2列目に中村俊、遠藤、山岸を並べて、横幅を使った日本の攻撃は十分機能していた。
 ボールをサイドに運び、日本の高い技術とコンビネーションを生かしつつ、数的有利を作って崩す。同時にカタールの長所である(日本にとっては要注意の)カウンターも消す、というオシム監督の狙いがよくわかる戦い方だった。
 縦に行ける山岸の左サイドには、ビルドアップがうまい今野を絡ませ、逆に右サイドではキープ&パスの中村俊を加地が追い越していく、という組み合わせも理にかなっていたし、ボランチの中村憲が(カタールの低い守備ブロックの前で)持ち味の攻撃力を発揮できることも織り込み済みだったに違いない。
 だからマッチアップに注目している限りでは、日本の優位は圧倒的で、余裕を持ってゲームを見ていることができた。

 対するカタールは、前半、ろくにサッカーをしていなかった。
 日本ボールになると、自陣どころかディフェンシブ・サード(ピッチを三分割した一番ゴール側)まで引いて守り(かといって「守りを固める」というほど必死に守備をしていたわけでもない)、マイボールになっても、人数をかけてカウンターを仕掛ける素振りすらなかった。
 彼らは、少なくとも前半はスコアを動かす気はないみたいだった。
 点を取られないことはもちろんだが、点を取るつもりもさほどなく、要するに、ただ45分間を消化する、それだけを目指しているように見えた。
 いかにも中東らしいやり方である。ベトナムも暑いが、カタールもやっぱり暑い。90分間真面目にサッカーなんてやっていられないほど暑い。
 だから省エネ。手を抜くところはとことん抜き、効率的に結果だけを掠(かす)め取る、そんなサッカーを(サッカーだけではなく、たぶん仕事なんかも)彼らはする。コマネズミのように動き回り、とにかくサボらず……なんて勤勉さとは対極の思想である。

 後半に入ると、カタールも多少攻めてきた。それでも「引き分けでも十分」、そんな考えもあったかもしれない。
 なんせ日本は強い。優勝候補だ。しかも大会の初戦。負けないことを優先するのは当然のことである。そのせいか、時折みせる攻撃も「何が何でもゴールを奪おう」という意志のようなものが感じられるほどの仕掛けではなかった。

 そんな流れの中で、日本のゴールが生まれた。後半の16分。最初の攻撃が相手にひっかかかった後、再びボールをつなぎ、左サイドで余っていた今野がペナルティエリア内に侵入して、落ち着いて折り返し、一番外側で高原がやっぱり落ち着いて合わせた。
 カタールはDFの人数はいたが、一度マイボールになりかけたことと、右サイドで生じたミスマッチ(数的不利)に慌てたのか、みんながボールウオッチャーになってしまっていた。

 1対0。この時点で残り時間はまだ30分近くあった。それでも、もう一発叩き込めば決まりだった。失点したカタールの選手たちは足が止まり、集中力も失いかけていたからだ。
 ボクシングでいえば、一度ダウンを奪い、相手は立ち上がりはしたものの、足元はふらつき、目はうつろ。KO勝ちのチャンスだった。

 実際、日本は攻めた。ほぼ一方的にボールを支配し、攻めた。しかし、相手をマットに沈めてしまうほどのラッシュをかけることはできなかった。
 結果的に、これが仇になった。グロッキー寸前だったカタールに、息を吹き返す時間的猶予を与えてしまることになった。
「省エネ・サッカー」の中東勢は、実を言えば、諦めも早い。「こりゃ、勝ち目ないな」と感じた途端に、やる気も(冗談みたいに)失くしてしまう。せっかく先制したのだから、日本はカタールにそこまでパンチを打ち込むべきだった。
 そうすれば、とっとと試合を終わらせることができていた。

 終了間際の失点と、そのFKを与えたファウルについては、アジアの判定基準だとか、阿部の国際試合経験の少なさとか、壁が割れた(隙間ができた)とか、巷間言われている通りである。
 だとしてもセバスチャンを誉めるべきだろう。素晴らしいFKだった。運(ボールの軌道)もカタールに味方した。
 むしろ日本にとっての痛恨は、やっぱりトドメを刺せなかったことである。あの時間帯に、追加点は奪えないにしても、もっとがむしゃらに、“攻めダルマ”になることができていれば……それが後悔だ。

 結局、1対1のドロー。半分もサッカーをやらなかったカタールと、90分間真面目にサッカーをした日本は、勝ち点「1」ずつを分け合うことになった。
 コストパフォーマンスはカタールの方が高い。何だか損をした気にもなるが、それは仕方ない。日本人は手を抜くことが苦手だ。
 でも「ここ!」というところでギアチェンジはできるようにならなければいけない。そうでないと、いつまでたっても「サッカー」というゲームを制することはできない。


*この原稿は「携帯サイト」に掲載されたものです。