ハンドボール騒動を眺めながら                      08.1.23

「ハンドボール」界が揺れている。
 昨年8月と9月に行なわれた男女の北京五輪予選での不可解な判定に端を発するこの騒動、日韓のソフトボール連盟の訴えに対し、国際連盟(IHF)が「やり直し」を指示。しかしアジア連盟(AHF)はこれを拒否し、それどころか再試合にエントリーした国を除名処分にするとまで態度を硬化させている。

 いかにもスポーツ的とは言えない一連の騒動に対して、世間の反応はびっくりしているのか、呆れているのか、いずれにしても(当然日本に)同情的。とにかく関心が集まったことで、メディアの露出が増えたり、テレビ放映が決まったりと、思いがけない“特需”にハンドボール界は盛り上がっているようだ。
「ハンドボール新時代の第一歩」なんて関係者の声も聞いた。

 …何だかなぁ、である。
 そもそも関心が集まっていると言ったって、世間の大部分の人は「不可解な判定」がどんなものであったかさえ知らない。というか、それ以前にソフトボールのルールそのものを知らない。要するに注目されているのは「騒動」であって、「ハンドボール」にはさほど関心を持っていないのである。
 もしもこの騒動を「新時代の第一歩」にしたいのであれば、ハンドボールがどんな競技で、どんなルールかをこの機に乗じて日本協会は啓蒙するべきである。
 にもかかわらず、そうした努力は感じられない。ただ単に注目され、放映権が入り、「よかった」では騒動が静まれば元の木阿弥である。災い転じて……にもならない。

 もう少し視野を広げれば、IHFなりAHFなりに日本協会のくさびを打ち込む好機である。
「スポーツ」といっても世界においてその構造は政治である。舞台裏のパワーバランスが、現場(試合)にも影響を及ぼすのは当然。現場が強くなるためには、政治力も不可欠な要素なのだ。

 サッカーもかつてはそうだった。
 アジア連盟(AFC)においても国際連盟(FIFA)においても、かつては日本の存在感は薄かった。そんなに昔のことではない。つい10年くらい前まで、の話である。
 1996年アトランタ五輪予選(前園!)の真っ只中、同じマレーシアで行なわれたAFCの選挙で日本は惨敗している。
 このとき日本を破ったのが韓国の鄭夢準。その後の彼の世界サッカー界での彼の発言力向上と、2002年ワールドカップ開催(日本との共催)および韓国代表の躍進(ベスト4!)が水面下でリンクしていることは想像に難くない。
 スポーツも、世界の中ではそういう文脈で動いているのである。

 ただし日本サッカーのすごかったのは、1996年の敗北からちゃんと学んだことだ。「世界のスポーツ界は、日本とは違うんだ」ということを悟り、対処しようとしたのである。
 そして、政府のODAを利用したり(アフリカ諸国に有効だった)、東アジア連盟を設立したり(はっきり言えば集票のための施策であった)しながら小倉純二をFIFAの選挙に当選させた。
 日本的なロマンチシズムでは、世界のリアリズムに対抗できないことを学び、受け入れて、まさしく「新時代」を築いたのである。
 だから、いまの日本サッカーがある。

 もちろん公明正大なフェアプレーこそがスポーツの基本であり、美徳でもある。だから選手はそれを信じてまっすぐにプレーすればいい。
 でも「大人」は必要だ。子供たち(選手たち)がピュアにプレーできる環境を整えるために、調整したり駆け引きしたりしながら汚れ役をこなす大人がいて初めて舞台は整う。

 AHFにもIHFにもきっと問題はあるのだろう。だからといって世界の隅っこの極東でごちょごちょ文句を言っているだけでは何も変わらない。問題がある組織なのであれば、乗り込んでいってイニシアチブを奪ってしまうくらいの政治力がほしい。
 そんな真剣さを見せれば、少なくとも「不可解な」笛など吹かれなくなる。

 国立競技場でボスニア戦が行なわれる同じ夜に、お隣の東京体育館でハンドボールの再戦も行なわれる予定だ。たぶん観客も入るし、メディアも賑わうだろう。
 だが、残念ながらその先に、本当の意味でのハンドボール人気が盛り上がるようにはとても思えない。(これは日本の多くのスポーツ団体に言えることだが)変わるべきは現場以上に競技団体のメンタリティなのだ。
 そうでなければ「世界」では戦えない。



*この原稿は「携帯サイト」に掲載されたものです。