個人的なベルマーレの話                      08.10.1

 今回はちょっと個人的なことを。
 もしかしたら御存知の方もいるかもしれないが、僕はベルマーレを応援している。「応援している」というのは、まさしく公私ともにという意味で、仕事でベルマーレについて書くこともあるし、そういう仕事を離れても心情的にベルマーレを応援しているということである。

 はじめてベルマーレに関わったのは1993年の終わりだった。当時あったJリーグ雑誌の取材で、昇格を決めたフジタ改めベルマーレ平塚を訪れたのだ(一緒に昇格したのはジュビロ磐田)。
 その後の何年間かは「いい時代」だった。リーグ優勝することはなかったけれど(天皇杯は一度獲った)、若く生きのいい選手が多く、そんな選手たちが破天荒なサッカーを展開するベルマーレは公私ともに僕を充足させてくれるチームだった。
 日本代表選手も数多く抱えていたし、中田英寿というスーパーな選手が所属していたこともあって、ライターである僕にとっては(有り体に言えば)メリットの大きいチームだったと言っていい。

 しかし、そんないい時代が終わると、充足どころか修行のような時期が始まった。
 1999年J2降格。それから先は「クラブ存続の危機」→「当然チーム力の低下」→「スター選手不在」→「地域密着という美名の裏で、実は存在感の喪失」……。
 そんな流れで、サポーター的にも、ライター的にも充足とは縁遠いチームにベルマーレはなってしまったのだ。
 端的に言えば、勝てないし、注目されない。もちろんそれなりに努力はしたけれど(少しでもメディアに「ベルマーレ」が露出するように)フリーのサッカーライターとしてはかなり厳しい環境に置かれることになった。
 J2の試合に通えば通うほどJ1から遠ざかり、J1から遠ざかれば日本代表とも縁遠くなり、とライターとしては(やっぱり有り体に言えば)かなり損をすることになった。

 無論、自分で決めたことである。わかりやすく言えば、ベルマーレを見放して別のチームへ鞍替えする手もあったし、見放さないまでもJ1や日本代表の試合を優先することだってできた。
 それでも僕がそうしなかったのは……という説明は不要だろう。どのチームのサポーターも、この1点については説明なんかしなくても理解してくれるはず。だから省く。

 そして、そうしなかったおかげで、いま僕は大きな興奮の中にいる。
 現在、湘南ベルマーレ2位。2位、そう、自動昇格圏内の2位なのだ。
 この興奮、この高揚感、この動悸。みなさん、僕のベルマーレが、もしかするとJ1に上がります! そんなふうに触れ回りたい気分である。

 ちなみにライターとしての仕事は、いまのところまだ増えていない。その気配もない。でも、この興奮はプライスレスである。人生的には間違いなく黒字だ。
 それに「公」の部分に関しても、個人的な誇らしさが実はある。
 1999年秋、ベルマーレのJ2降格に際して、当時連載していたサッカーマガジンのコラムに僕はこう書いている。
<興奮も感動も思い入れと時間の長さに比例する……>
<来年僕はJ2に通うつもりだ。そしてJ1昇格をものすごく喜ばせてもらう>

 まさか9年もかかるとは思わなかった。それでも僕はJ2に通い続けた。だからこそ、興奮も感動も……。
 そんなわけで僕は、特別な秋を過ごしている。
(まだどうなるかわからないだろうって? もちろん、それはそうですが、でもさ、この高揚感に客観性は不要でしょ!)



*この原稿は「携帯サイト」に掲載されたものです。