ワンダフルワールド                       08.12.24

 インターネットや携帯サイトは「感情のメディア」と呼ばれる。
 従来の――紙メディアや電波メディアと比べて、感情がむき出しになりやすいメディアということである。
 確かにネットの海を泳いでいると、驚くほど感情に満ち満ちている。個人のブログや掲示板はもちろん、商業的なサイトを眺めても単行本や雑誌より情緒的に傾いていることが多い気がする。
 キーボードを叩き、機械的に文字変換を施すという、いかにも無機質な作業の末に、極めて内面的なアウトプットが出てくるのだから不思議な気もするし、面白い。
 非人間的なイメージの強い「デジタル」が(生身の印象のアナログよりも)実は極めて人間的――そんな不思議な相貌を、この10年あまり僕は興味深く見つめてきた。

 このコラムも最終回になった。これまでに自分自身が書き殴ってきたコラムを読み返してみても、上記の印象はやはり色濃い。
 まさしく「書き殴ってきた」文章の端々には、いかに抑制を心がけていても、やはり情緒的なくだりが散見するし、過去や未来を俯瞰しようと心がけていても「いま・ここ」しか見ていない短慮が随所に覗いている。
 無論「デジタル」のせいばかりではなく、ライター(僕!)の力量による面が大きいことは言うまでもないが、それでも「このまだ新しいメディアは難しい」と改めて痛感させられた。
 新しい世界では、新しい意識と新しい振る舞い方を身につけなければならない――。
 僕たちは、いままさにそれを模索している途上にある。

 サッカーもまた「感情のスポーツ」と称される。
 成り立ち上、他のイングランド系スポーツ、ゴルフやテニスのように格式を重んじる競技(なんせ「BE QUIET(お静かに)」なのである)ではないし、ルール上も、野球のようにインターバルがあるわけでも(1回表、1回裏、2回表……)、バレーボールのようにコートが区切られているわけでも、ない。
 意識的にも、時間的にも、空間的にも、感情の波が間断なく押し寄せる続けるスポーツ――それがサッカーである。
 だからこそ、僕たちは感動し、熱狂し、時には踏み外し、突っ走る。

 前世紀の終わり、そんな「サッカー」が、「インターネット」と出会った。
 FOOTBALL MEETS INTERNET――である(そういえばフランス98のキャッチフレーズの一つもこんな感じだった)。
 しかも僕たちの国では、それは劇的な巡り会わせで出会った。
 1993年と1995年。
 そう、Jリーグとウインドウズは、僕たちの国の「サッカー」の性格を決定づける強烈な<事件>だった。開幕当時、Jリーグに熱狂した世代と、インターネットの担い手・使い手が合致したこともまた、そのインパクトを絶大なものにしたと思う。
 だから――いや、だから、ではない。
 とにかく、この10年あまり、僕たちはサッカーとネットの時代を生きてきたのだ。そして、これからも生きていくことになる。

 サッカー場でも、ネット上でも、憂鬱な出来事が続いている。それでも、僕たちはここで生きていかなければならない。
 僕たち自身の目と頭と手で、この憂鬱を乗り越えて、新しい世界を作り上げながら――。



*この原稿は「携帯サイト」に掲載されたものです。