12月1日(日)
「愛子さま1歳」にちょっとした驚き。えっ、あれからたった1年しか経ってないのかと。でも確かに1年前の12月1日僕はプサンにいて、ベルギー、ロシア、チュニジアという対戦相手が決まった直後に御生誕のニュースを聞いたのだ。何だかものすご〜く昔のことのように思えるのは、この1年の密度が濃かったせいでもあるし、ワールドカップ前と後で僕の心持ちが随分変わったせいでもあるのだろう。

 12月2日(月)
 トヨタカップ公式練習@横浜をはさんで、お仲間の達也さん、岩澤さん、尾崎さん、室井さんとお茶、食事、飲み。

 12月3日(火)
 昼、元サッカー協会国際委員でロンドン在住の伊藤庸夫氏と会食@青山。「Jリーグとアルゼンチン戦を見に行ったけどピッチ(選手)とスタンド(観客)が隔絶している気がした」との感想。観客が「行けーっ」と盛り上がっているのに、選手は勢いを増すことができない、ゲームが激しく動いているのにスタンドは平板に歌を歌っている、そんな日本のフットボール場についての感想だ。その他にも2002年ワールドカップについての欧州でのリアクションなど伺う。
 トヨタカップ@横浜国際。例年のことながら、Jや日本代表の試合とはまったく異なる静けさを湛えたスタンドから無数の唸りがどよめきとなって響く。唸りの対象はもちろんレアルのパス交換。ダイレクト、ワンタッチでボールがつながっていく美しさは確かにゲームというよりショーのようで、興奮したというより鑑賞したと言った方がしっくりくる90分間だった。イリュージョンから醒めたのは試合後のロナウドのコメント「幸運は向こうからやってくるものではなくて、自分たちでつかみとるものだ」を聞いたとき。エンターテイメントのバックステージにももちろん日常がある。
 深夜、駒沢「クロ」でお仲間、岩澤、尾崎、末吉さんとYeahの高部、三好氏と食事&飲み。5年ぶりくらいなので覚えてないだろうなあと思いながら店に入ったら、いきなりマスターが「この前テレビで見たよ」と言ってくれた。ちょっとびっくり嬉しかった。

 12月4日(水)
 怠惰な一日。ほぼ一日中、テレビの前に座って過ごす。あまりに怠惰過ぎてto doリストもこなせない。

 12月5日(木)
 ペンディングしてあった2001年分の確定申告に取り掛かる。書式が変わっていて例年よりも若干時間がかかりながらもほぼ計算し終えて、さああとは清書…というところまで辿りついたのだが、結局再びペンディングにすることにした。来年、さ来年へ向けてモチベーションを高めるために、というか生活の変化や懐具合へのマルチな対応を考えて。いい方に転がればドーンと借金できるように、悪い方に転がれば当座の金に困らないように。
 そんなこんなを室井さんと電話で話しながらケーススタディしていて、いわゆる人生設計というものを僕はいままでロクに考えたことがないことにきづく。正確にはロクに考えたことがないのではなく、考えられるような状況がロクになかったのだ。思い起こせば15年前、この仕事を始めた時には全財産が300円だったし、その後も収入は毎年フタを開けてみないとわからないのだから設計などできるはずもない。でも、違う言い方をすれば、経済的な人生設計をしなかったからこそ、そしてその代わりに……うーん何だろう、まあ何かの人生設計をしたからこそ、いまの僕があるということでもある。「いまの僕」が良いか悪いかは、まだ道半ばのいまの僕にはわからないけど。

 12月6日(金)
 ひょんなことから昔の日記を発見。発見というのはあたらないな。そこにあることは知っていたのだから。とにかく、ついついダンボールから取り出してしまったおかげで一日があっという間に終わってしまった。20数年を一日で、と考えればとてもインスタントなことではあるのだけど。
 懐かしさはさておき、色々と想ったり感じたりしたこともさておき、昔の、特に大学時代の自分がとっても字が上手なのには驚いた。まるで別人のようだった。やっぱりワープロ&パソコン歴およそ18年の悪影響は甚大だ。付け加えるならばやっぱり生の筆跡と色褪せたページには感触がしっかりと残っていることも痛感。というわけで今日から再びノートを手元に置くことにした。日記というわけにはいかないだろうが、せめて雑記くらいはつけられるはず。

 12月7日(土)
 高校時代のクラスメイトで現在、期間限定東京勤務中の福本と、野球部のチームメイトの茂と中野で夕食。クラスメイトとチームメイトが揃えばそのままお開きにできるはずもなく、そのまま我が家に流れて卒業アルバムを手がかりに、あの子は結婚してどこに住んでるとか、あいつが教師になるなんて信じられないとか、そういえば修学旅行で大酒飲んで大目玉食ったとか、結局翌朝まで。

 12月8日(日)
 天皇杯2回戦、湘南vs愛媛FC@平塚。辛勝ではあったが、確実に勝利をつかんでベルマーレは3回戦へ進出。試合後に行なわれた伊藤裕二の引退セレモニーは感動的だった。質素なセレモニーだって、観客が少なくたって、チーム在籍期間が短くたって、その男に魅力があれば胸が震えるほどの感動を生む。近しく接したことはなかったが、サッカー選手として大人として、また父親として傍目からみても、素晴らしくかっこいい男だった彼を、サポーターやチームメイトもやっぱり認めていたのだ。去り際や引き際に男の真価がわかる、というのは本当だなと実感する光景だった。

 12月9日(月)
 演出家の久世光彦@赤坂。たまには取材余禄ということで共感した言葉集。「仕事なんてものはうまくいかないことばかり。愚痴をこぼせばきりがない。思うに任せぬことだらけなんだから」「身体的にも精神的にも健康な状態でいるのが大事。だから早寝早起きできればいいなと思うが、現実にはそうはいかない。齟齬だらけの商売。宿命的にそういう仕事なんだからしょうがない」「ストレスなんて考えたことがないのは、あるのが当たり前だから」「興奮できる仕事とか、銭金抜きで面白がってやれる仕事とかを知らない男はさみしいと思う」
 余禄の余禄としてテレビ草創期から40年間生き抜いてきた彼の芸能界についての一言も。「馬鹿がいなくなった。こんなことしても1円にもならないような馬鹿をやる奴がいまはほとんどいなくなった。昔はそんな奴がごろごろいたんだけど。命張るほどの商売じゃなくなったんだろうね。最後まで馬鹿やってたのは勝くらいのものだよ」。本人は「年寄りの御託」と言っていたけど、僕はまったくそうは思わない。「いま」について同感の者は老若男女かかわらず少なくないと思う。

 12月10日(火)
 ワタミフードサービス社長、渡辺美樹@蒲田。高杉良著「青年社長」の主人公は評判通りのリーダーシップの持ち主。理念を掲げ、迷いをまったく感じさせずに先頭を走るスタイルは川淵三郎を思い出した。川淵キャプテンが時折垣間見せる苦悩も短い取材時間中には欠片ほども感じさせず、揺れもまったく覗かなかった。
 昨日、今日と昼間にインタビューをし、寄り道もせずにまっすぐ帰宅して原稿書き。仕事的にも経済的にもとても効率的で素晴らしい。だからと言って、いつもこういう素晴らしい毎日を過ごせばいいのではなくて、一方で行動的にもお金的にも無駄でどうしようもない日々も物凄く大切なのだ…と僕はなぜか頑なに信じている。僕の問題は後者に偏りがちなこと。いつまで経っても窮惜大のままというのも悪くはないのだけれど、モウチョット・何トカシタイト・オモウ年ノ瀬。

 12月11日(水)
「天才柳沢教授」の結婚に関する考察、傘の話には感じ入った。傘の話がどんな話で、僕がどんなふうに感じ入ったのかは上手に書けそうもないので説明しないけど。

 12月12日(木)
 Jリーグトライアウト@国立競技場。来季の所属チームが未決の選手たちが集まり、それをJクラブをはじめとした多くのスカウトがチェック。これまで自分や指導者の人脈によって移籍先を探すしかなかった選手たちにとっては貴重な就職チャンス。がむしゃらさにミジメさが付随する職探しの場にならなければいいなあと懸念していたのだが、元日本代表選手や強豪でレギュラーをはった選手たちも参加し、ガンバとサンフレッチェを除くJクラブからスカウトが集まり、多くのテレビカメラや記者が取材するとても華やかな場だった。それでも彼らの置かれている現実に変わりはないのだが。一人でも多くの選手がピックアップされて再起を果たすことで、トライアウトというJの新たな挑戦の成否は決まる。素朴に幸運を祈る。
 一昨日取材したワタミの社長から封書が届いた。なんと取材のお礼状。訪問時に会社の雰囲気や社員のしつけがちゃんとしていることはすぐにわかったのだが、まさかお礼状とは。もちろん社長が自ら筆をとらなくても、そういうシステムができあがっているのだろうが、それにしても「さすが」。これまでにもごくわずかながらこういうことをきちっとやる取材相手がいたことと、以前自分にもお会いした人に手紙を書いていた時期があったことを思い出した。

 12月13日(金)
 赤坂にてプレジデント編集部、福井盛太氏の送別会。福井さんはフランスワールドカップ当時、岡ちゃんのドキュメントや、岡ちゃんと堺屋太一の対談など興味深い仕事をさせてくれた編集者。おまけに僕がにっちもさっちもいかなかった頃に色々と話相手になってくれたりした人でもあるので、本当は編集部内の送別会にもかかわらずお邪魔覚悟で参加させてもらった。ちなみに福井さんは年末からニューヨークへ渡り、今後はフリーでの活動をするとのこと。
 送別会の後、編集部の鈴木さんと赤坂のチャイナクラブで飲み&カラオケ。結構楽しく酔ってしまった僕は、しかも引き際の美徳に欠ける僕は、結局一人新宿へ移動して再び腰を据えて飲み始めてしまって、何だかんだで帰宅は翌朝8時。

 12月14日(土)
 年末だし、自分の好きな本を読もうということで、本棚から気に入っていて、なおかつ傾向の違う本を抜き出し、目の前に積み上げてみる。なかなかいい風景だ。

 12月15日(日)
 天皇杯3回戦、FC東京vs湘南@東京スタジアム。もしかしたら…とは期待していたのだが、内容的にも期待を上回り、結果的にも最後VゴールでベルマーレがJ1を撃破。4回戦に駒を進めた。
 この日、もっとも目立ったのは途中起用の加藤大志。右サイドでボールを受けるたびに必ずチャンスを作り、最後はVゴールまで決めてしまった。ボール扱いがいわゆる「紀元後」の選手。「紀元前」の対面と比べるとその差は歴然だった。もちろんここから先に進むには上手なこと+αが必要ではあるのだが来季が楽しみな選手。余談ながら東スタには山本昌邦U22代表監督も来ていたから、少なくとも印象は残したはず。

 12月16日(月)
 サッカー批評飲み会@神楽坂。半田編集長はじめ、後藤健生さん、慎武宏さん、それに「チュックダン」を出したばかりの河崎三行さんなど多彩な顔ぶれ。サッカー誌の飲み会らしくない空気と話題に不思議な居心地のよさと、妙な刺激を感じつつ、3時ごろまで。

 12月17日(火)
 ストライカー忘年会@五反田。今日はまさしくサッカー誌の飲み会。くだをまかない、激論しない、行儀がいいと三拍子揃った上に、早々と散会したので、最後は編集部の小池さんとOBでライターの西部さんとビリヤードをして2時すぎに帰宅。
 帰宅後はすっかり酔いも醒めてたので、一昨日の「猿の日@WOWOW」に録画しておいた「猿の惑星」シリーズをじっくりと。

 12月18日(水)
 年内にやりたいと思っていた取材が不可に。理由はもちろん当該チームの天皇杯敗退。この時期のJクラブは敗退⇒即オフなので段取りが難しい。
 そうそう、天皇杯といえば、こないだのFC東京戦で目立った加藤大志がU22のカタール遠征メンバーに選ばれた。確かにすごく目立っていたのだが、まさかあの1試合で呼んでくれるとは思ってもいなかったのでびっくりした。テスト時期とはいえ、昌邦さんは軽やかに判断する人なんだなあ。

 12月19日(木)
 こないだお知り合いになったリリちゃんことリュ・ウェイリーさんと食事をとりつつ、北京語の勉強。リリちゃんは来日2年目の専門学校生。現在ペット美容の学校に通っている。とてもしっかりしていて、しかも洞察力とユーモア、要するにコミュニケーションのセンスを感じさせる19歳だ。
 今日習ったのは四声。平らな第一声と高い音から下げる第四声は何とかなるのだが、第二声と第三声はどうにもならない。どうやら僕には中国語のセンスがないみたいだ。彼女の口元を見詰めながら必死で真似しても数秒後にはわからなくなってしまうのだから。それにしてもあんなに一生懸命誰かの唇を見たのは初めてかも。

 12月20日(金)
 FA中村ノリが近鉄残留を決定。メジャー行きを土壇場で翻意した主因はメッツ公式サイトのフライング報道。約束違反をする球団とは契約できないという彼の「筋論」に僕は共感し、同時に嘆息をつく。そんな日本的意思決定プロセスを何度も辿り、胸を張ったり、ちょっと後悔したりしてきた者として。
 あとメッツの「あのサイトは公式ではあるが、チームがコントロールしているものではない」という説明に、いまや日本にも数多くある同手法の「公式ライセンス」サイトを思い浮かべたりもした。もちろん、オフィシャルを名乗る「権利の商品化」は別にサイトに限ったことではないわけで、ネットとかライセンスとかに公式が溢れれば溢れるほど、結局は生身の声や体への信頼回帰が進むということだと思う。

 12月21日(土)
 昼ごろ寝て夕方起床。池澤夏樹「タマリンドの木」を読んで、朝方また少し眠る。

 12月22日(日)
 天皇杯4回戦、清水vs湘南@日本平。連休渋滞を懸念していたのだが東名高速もすいすい。清水の鮮魚センターで昼飯を食べる余裕もあった。
 試合はVゴール負け。それも延長後半ロスタイム。惜しかったなあ。それでも今季のベルマーレはとても面白かった。ピッチの中も、外も。しかも来季以降に楽しみが続く種類の面白さだったわけで、本当にいいシーズンだったと思う。
 帰りは登呂遺跡にちょっと寄り道してみたが真っ暗で何もわからず。

 12月23日(月)
 早朝目が覚めてずっと読書。とにかく外出もせずに翌朝までずっと本を読んでいたのですっかり現世離れしてしまって、読み終わった後しばらくぼーっ。没入したのは白石一文「一瞬の光」。1000枚、しかも書き下ろしの長編で。2000年の僕のベスト1作品。

 12月24日(火)
 クリスマスイブ。といっても3K(会社なし、家族なし、恋人なし)の僕は普段通りに、テレビを見たり、読書をしたり、原稿を書いたり。

 12月25日(水)
 完徹して午前中は軽く仕事。午後は街をぶらぶらしながら、雑用をこなしたり、本屋を覗いたり。夕方、「トトブレイク」で共同作業して以来、仲良くしている編集プロダクション、オットジョブ@高田馬場にお邪魔する。近況報告は昨今の出版不況もあってやはり景気のいい話にはならない。それでもフリーランスに必要なたくましさとしぶとさを同年代の社長、広原氏はいつも漂わせている。またそのうち波があるさ、みたいな世間話を互いにする。
 夜は天皇杯準々決勝、鹿島vs川崎@国立。

 12月26日(木)
 久々にジョギング。天気がよくてすこぶる爽快。家々のベランダにひるがえる洗濯物、屋根の上に干した布団などなど、人々の営みまで爽快に映る。屋根の上の布団の、さらにその上で大きな熊のぬいぐるみが日光を浴びているのを見つけたりして自然に笑みが浮かぶ。年賀状用に増員されたとおぼしきアルバイトの郵便配達員をみて年末だなあと思い、そんな彼とのすれ違い様のちょっとした関わりに、また爽快さが増す。いい気分が相乗効果で高まっていくこんな感じは幸福度がかなり高い。
 夜、若手サッカーライター忘年会@渋谷。同年代の佐藤俊ちゃんと「そろそろ俺らも頑張らないと」みたいな思いをきっかけにフランスワールドカップの年末から始めたこの会も今年で5回目。一つの目標というかターゲットというかノルマであった2002年も終わり、この集まりももう役割を真っ当しただろうということで、今回で終了と勝手に宣言する。年に一度くらいみんなで集まって飲んだり話したりしたっていいじゃん!という仲間の声もあったが、僕なりには目的意識をもって始めたことだったので、やっぱりケジメが必要だと感じたので。もちろん親睦というか、飲んで歌って騒いで自体は大賛成。いや大好きなので僕も喜んで参加するに決まっているのだが。
 居酒屋の後、カラオケ、また居酒屋と巡って、5時すぎ帰宅。

 12月27日(金)
 忘年会@平塚。平塚へは何年かぶりで電車で出掛けた。以前はなかった湘南新宿ラインに時の経過を感じる。初めて平塚へ行ったのは93年ナビスコカップで、それからの約5年間はずっと東海道線で通っていたのだ。当時住んでいた中野からは2時間くらいかかって、ナイターが延長戦になるといつもヒヤヒヤしていたものだ。
 忘年会を開いてくれたのは湘南ケーブルの水川潔さんと村上実樹さん、それにNPOベルマーレスポーツクラブ、トライアストンチームの八戸博子さん。八戸さんはトライアスロンチームに所属しているが、実はオープンウォーターの選手。高校時代には競泳で、大学時代には水球でトップスイマーとして活躍し、10年のブランクを経て、現在はオープンウォーター界をフロントランナー、いやスイマーとして引っ張っている。長距離の、日常系の、自然系の競技への回帰はいまスポーツのみならずあらゆるジャンルで起きている現象だが、彼女はそのストーリーにふさわしい大らかさと強さの持ち主。
 そんなわけで一軒目では僕も含めて3人でずっと八戸さんの話をききまくり、オープンな彼女がどこまでもそれに応える時間が続いた。オープンな人というのは簡単だが、本当にそうなるためにはオープンにしても大丈夫なだけの自己を備えていることが条件なわけで、だから僕の興味は敬意へとすぐに変わる。しかもトップアスリートと接したときにアスリート以外の部分でしばしば感じる物足りなさ、要するにトップであるための条件である「節制」によって生じる物足りなさ、も彼女にはまったく感じなかった。たぶん酒や夜や生活といった「節制」にとっては負の部分の人生経験を十分経てきた人なのだろうと思う。
 水川さん推薦の焼き鳥屋からカウンターバーへ移動して結局5時ごろまで。始発まで帰れない僕に付き合ってくれた3人に感謝しつつ、さすがに東海道線では爆睡。

 12月28日(土)
 朝7時半ごろ帰宅。昼過ぎに起きて、天皇杯準決勝2試合をテレビ観戦。その後も終日テレビの前。テレビ朝日「TVのチカラ」で世田谷一家4人殺人事件と三重県美人記者失踪事件の解明を、アメリカとポーランドの超能力者を呼び寄せて試みていた。透視捜査についてはさておき、失踪した「美人記者」は僕の高校の後輩で、ここ数年心の隅に引っ掛かっていた事件。番組内容についてはさておくとしてもテレビのチカラは本当に絶大なので、これを機に事件が好転、あるいは捜査が前進することを願う。

 12月29日(日)
 午後起床。煙草を買いに行く以外、家から一歩も出ず、来年やりたいこと、やるべきこと、などについて一日茫洋と。

 12月30日(月)
 新結成フォーククルセダースの解散コンサート@NHK‐BS。感動したり、感心したり、笑わせてもらったり。いずれにしても上品なんだよなあ。感服した。

 12月31日(火)
 高校サッカー@駒沢。第一試合は青森山田の6番が図抜けていた。第二試合は例の水島工。「例の」なんて書き方をしなければならない十字架を背負っての全国大会。言うまでもなく作陽同様、彼らも被害者である。彼らに関するすべてが気にかかったので僕は記者席を離れて水工応援スタンドで観戦する。試合途中からは新聞記者のみなさんも出場停止を望んで退部したH君を探して応援スタンドに集結していたのだが、やっぱり声をかけることができずに遠巻きのまま。プロとしてどうなのかという議論もできなくはないが、普段世間から人非人扱いされているマスコミだって傷口をほじくるのは辛いのだ。それにしても全国大会に出場したというのに傷ついているなんて、なんと不幸なことだろう。選手だけでなく周囲も困惑せざるをえないなんてどう考えてもハッピーではない。
 試合は水島工業が押しまくっていたのだが、決め切れずに惜敗。きびきびしたいいチームだった。タイムアップ後、深々と頭を下げる光景は偶然スタンドで会った佐山一郎氏が言った通り「高校野球」っぽくさえあった。そうそう、佐山さんはすっかりロマンスグレーだった。思わず「どうしたんですか?」と尋ねたら「ノンフィクション!」(染めていないの意)。なかなかかっこいい言い回しだったので、いつか真似しよう。
 ラーメン、レコード大賞、紅白、ボブサップ、桑田佳祐をザッピングしながらテレビの前で年越し。ラーメンは「?」と思いながらも何となく気になってちょろちょろ見てしまう。何となく気になる理由について考えてみた結果、要するにこれは御当地番組なのだと気づく。家の近所とか、故郷とか、訪れたことがあるお店とかが出てくるかもしれない…それがこの番組の肝なのだ。紅白他歌番組で感じたのはやっぱり時代は巡っているんだなということ。松浦亜弥、藤本美貴など正統派アイドルは懐かしくさえあったのだから。あとは浜崎あゆみは幼児トークなのに話している内容は年寄り臭いなあとか、中島みゆきにはオールナイトニッポン時代を彷彿させるしゃべりを炸裂してほしかったなとか、BEGINは本当に歌上手だなとか、へぇー女人高野@田川寿美は五木寛之作詞なのかとか。すごかったのは石川さゆり。鬼気迫る熱唱に吸い込まれそうになった。



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