4月1日(火)
 4月だぁ〜!
 と言いつつ、相変わらず惰眠を貪り続けている僕には、きびきびとした高校球児たちがやけに眩しい。東洋大姫路対花咲徳栄は昨日から足かけ25回サヨナラ暴投で決着。黙々と、しかし切々と投げるグエン・トラン・フォク・アンと、涼しげな笑顔を浮かべながら勝ち気に投げ込む福本真史の投げ合いは緊迫感十分で、なおかつ爽快だった。二人の投手の作り出すリズムがナインとゲームを通じて、テレビの前まで響いてきて心地よかった。
 夜は初対面の遠戚、久末史代さんと曙橋で会食。最近突然存在を知ったご親戚との「はじめまして」はちょっと不思議な感覚でもあり、やっぱり親しみ深い感じでもあった。ちなみに久末さんは僕の母の母の従兄弟の孫(だっけな?)。

 4月2日(水)
 雨。レスリー・チャン自殺のニュースに「欲望の翼」でのどこかナイーブな繊細な演技を思い出しながら静謐な染み入るような衝撃。正直に言えば恐怖さえ感じてしまった。
 それにしても古尾谷雅人に続いて……と考えかけて慌ててやめる。生や死は人間にとってもっともパーソナルなものなのだ。「続いて」などと誰かと結びつけていいはずがない。己の倣岸さを恥じつつも、やっぱり、それにしても……と想う。

 4月3日(木)
 イラク国営テレビのインタビューに「アメリカ国内ではブッシュ批判が増え、反戦感情も高い」と答えてNBCテレビを解雇されたアメリカ人ジャーナリスト、ピーター・アーネットが、英国のデイリー・ミラー紙と新たに契約を結んだとのこと。
 現場の記者が意見をメディアで発表することは職業上の義務でもあり、権利でもあり、同時に責任も伴う当然の行動。彼のNBC解雇が「イラク国営テレビ」のせいか、それとも「ブッシュ批判」のせいかはつまびらかではないが、NBCには抗議の電話やメールが殺到したというから国民感情が彼を解雇に追い込んだということなのだろう。政治からの圧力説はさもありなんだが、でも代議士は国民が選んでいるのだから、究極的には国民の意思ということに変わりはない。
 そんなアメリカという国も興味深いし、アメリカの総スカンを食った名物記者を大衆紙が迎え入れ、しかも1面トップで彼の獲得を報じたイングランドという国も興味深い。また一連の顛末は極めてメディア的で、いかにもメディアの本質が垣間見えるとも思うし、メディアはこれでいいのだとも思う。

 4月4日(金)
 先週発表になった内閣府の世論調査で「日本に戦争の危険がある」と答えた人が43%もいたとのこと。感想は一言、すげぇな。
「うちの会社もいつ潰れるかわからないし…」と言いながら残業を嫌がる会社員を思い出した。これは余計な一言。

 4月5日(土)
 湘南vs広島@平塚。風雨強し。おまけに波も高し。0対1で敗北。ベルマーレは開幕戦に勝利した後、3連敗。サミア監督も言っていた通り、ま、今日のピッチ状態では広島との差はあまり目立たなかったが。

 4月6日(日)
 川口能活の原稿で一日潰れる。潰れる、という表現はよくないな。一日ヨシカツに没頭。アトランタから数えて1、2、3…7年も身近で見てきた選手(というより一人の男の変遷)について、400字×10枚でまとめるのは結構大変だったりする。
 夜、テレビ朝日の「やべっちFC」で「史上最速デビュー」の女子アナを見る。いや、僕はサッカーが見たかったわけで、新人女子アナが気になっていたわけではないが、新聞のテレビ欄に今日のウリとして書いてあったので。もしかしてサッカーなんかよりもずっと見応えのある女子アナが登場するのかと思って。いやあ、きれいな若い女の子でした。
 でも、一体なんだってサッカー番組なのに「女子アナ」がメイン告知になってしまうのだろう。やっぱサッカーよりも女子アナの方が視聴率をとれるのかな。うん、そりゃそうかもしれない。だったら女子アナ番組をやればいいのに……と書きながら思い出したのだが、3月の改編期にTBSでやっていた「衝撃映像」番組はひどかった。
 系列局の女子アナ勢揃いは華があってもとてもありがたかったのだけど、いかに彼女たちが無知でバカかをしきりにアピールする作りで、それもブッシュやフセイン大統領の写真を見せて「これは誰ですか?」なんてやったあげくに、知らない女子アナが続出し、おまけにそれを笑いにして盛り上がっていたのだ。
 本当だったか、狙いだったかはこの際問題ではない。イラク戦争開戦前夜だったのだ。その番組の直後には筑紫哲也が深刻な表情で開戦危機を論じていたのだ。報道とバラエティは制作部署が違うなんて話は身内の話であって視聴者には関係ないし、笑いとしてのレベルも常識もあったものではなかった。とにかく、ああいうことをやっている限りは女性アナウンサーの方々が「女子アナ」という呼称を差別だと主張してもまったく耳を傾ける気にはなれない。自分たちの会社の問題なんだから内部で解決してくれ、という言うしかない。
 いやはや、テレビのサッカー番組に軽〜い皮肉を書こうと思ったら、すっかり話題がそれて、おまけに長くなってしまった。どうも僕は真面目でいけない。ちなみにこんな僕でも女子アナは女子アナとして大好きです。
 あ、あと皮肉の続き。昨晩の「スーパーサッカー」の順位表。「東京ベルディ」だった。テレビの前で固まった。

 4月7日(月)
 週刊宝石時代の先輩、山村明義さんの事務所移転を祝って、当時の仲間、後輩が集っての飲み。市ヶ谷スタートで最後はゴールデン街。出版界の志とか、女性週刊誌の姿勢とか、マスコミの矜持とか、社員編集者とフリーランス記者とのギャップとか、男と女とか、イラク戦争とか、日本とか、それぞれ激しく主張しながら、3、4軒はしごして解散は4時ごろだった。僕もいつも以上に口数が多くて、それも断定調であれこれ主張していて、そんな自分にちょっとびっくりする。なんでだろう? 昔の仲間だからか、あるいはいま仕事のしがらみがないからか、それともそういう話ができる相手だったからか、あるいはただのバイオリズムか。

 4月8日(火)
 来週の韓国戦のメンバー発表@サッカー協会。他にもいくつかあったタスクをこなし、おまけに打ち合わせして、コーヒーまで飲んで、最近では珍しく具の詰まった午後。もっとも満足している割には、何かがすごくクリアになったりはしてないのだけど。

 4月9日(水)
 FC東京vs仙台@国立。未明にチャンピオンズリーグ、レアルvsマンチェUを見て、寝て、起きて、国立へ行って、寒くて、雨まで降って、おまけにスタンドもガラガラで、と悪条件が揃ったせいもあるのだろう。とにかく同じ競技だと思えなかった。

 4月10日(木)
 長らく懸案だった日本スポーツ仲裁機構(JSAA)がようやく発足。代表選手選考などで競技団体と競技者の「仲裁」をするシステムが日本にもできた。もちろんまだどのような効果を果たすことができるかは判断できないが、「上」からではなく、現場の声がきっかけでできたシステム。今後、紆余曲折しながら運用方法を模索していくことができれば、未来のアスリートにとってよい環境が整えられるかも。とにかく、この手のことは「次の世代」を意識するくらいの気概が必要だと思う。

 4月11日(金)
 昼、スポルティーバの田中氏と韓国取材の段取り@赤坂。午後、CHQ活動状況およびJFAアンバサダーの会見@サッカー協会。夕方、韓国取材の打ち合わせ&不在中のマンちゃんのお願い@佐野さん。夜、小学館の山崎氏と飲み。帰宅3時すぎ、という一日。

 4月12日(土)
 終日自宅でまったり過ごす。外出は世田谷区役所だけ。不在者投票のため。

 4月13日(日)
 本当ならば(というか年初に立てた予定では)僕は今日、平壌でマラソンを走っているはずだった。マンギョンデ賞国際マラソンという市民レースに出場するつもりだったのだ。マラソンというその町のことがもっともよくわかるフィジカルな活動を通して、北朝鮮についての、まさしく地に足の着いたレポートを書きたいというのが企画意図で、喜び組がどうのこうのとか、朝鮮中央テレビがどうのこうのとかといった一元的で思考停止な情報よりも、ずっと手触りのあるレポートをできると思っていたのだが、日本人観光客入国禁止によって実現できなかった。非常に残念。
 でもって現実には今日の僕は韓国でKリーグ、アニャン対プサンを見ていた。アニャンは前園が所属しているチーム。試合の方はさておき、好天の下、ゴール裏には桜が咲いていたりして、とてものどかで気持ちがよかった。
 記者席のすぐ後ろに「前薗」という手書きの横断幕を持った日本人の方がいたので少し話を聞く。この試合のために鹿児島からやってきたということ。そういえば「園」ではなく「薗」。薩摩人のこだわりである。
 その前園はかつての「ドリブル」はほとんど見せず、中盤の低い位置に下がってボールをさばくプレーに終始していた。バランスをとっているのはわかるが、全盛期(この言葉には多少抵抗があるけど)の印象をいまだ捨て切れない僕には少し物足りなく映る。ちなみに鹿児島から来たファンの方も同意見だった。
 夜はホテルで待ちぼうけ。ま、詳細は省くがなんせ時間があったので、ネットでマンギョンデマラソンがどうだったのか検索してみたりしたけど、レース自体が行なわれたかどうかさえわからなかった。南朝鮮にいても日本と大して状況変わらないということに朝鮮半島の現実をじわりと感じたりする。

 4月14日(月)
 前園真聖@ソウル。久しぶりに向き合ったゾノくんは、角がとれてさっぱりしていて、爽やかなナイスガイになっていた。それが現役のスポーツ選手にとっていいことなのかどうかは判断に迷うところ。もちろん一人の男として年齢とともに変わっていくのは当たり前だが、例えば川口能活の変わり方と、前園の変わり方ではかなりベクトルの向きが違うように僕には見えた。
 午後、今回同部屋に泊まるスポルティーバの田中くんが到着。一緒に日本代表TR@ソウルワールドカップスタジアム・サブGへ。代表の練習は昨日Jリーグを戦った選手たちが別メニュー(プールでコンディショニング)だったので、ピッチに登場したのはなんと12人。かなり寂しい練習風景だった。
 そのままミョンドンへ出て、田中くんとブテチゲを食べて、さてどうしようか…という見事なタイミングで朝日の中小路さんからTEL。合流してホフで今度は飲み。途中、ほんのちょっとマジトークをするつもりが、しゃべっているうちにどんどんマジ度が上がってしまって、結構長い間「正論」」を吐き続けてしまった。たぶんもっと和気あいあいとやりたかったはずなのに悪かったかなあと少々反省。でも、たまにはこういうのも…とも。ちなみにネタは新聞社記者の単行本出版に対する購読者としての意見と、フリーライターとしての反発。

 4月15日(火)
 日本代表TR@ソウルワールドカップスタジアムを取材した後、ソウルのお友達、金智栄さんと寿司。金さんとはちょうど昨年の今ごろ出会ったが、この1年の間にもう5、6回会ってる。もはやかけがえのない友達の一人と言ってもいい。今日もかなり深くて微妙な人生とか幸福についての話をした。
 夜中、田中くんと僕の部屋にサッカー仕事仲間が酒、つまみを持って集って、7人で飲み、しゃべる。4時ごろまで。あ、そうそう、この晩集った7人は全員喫煙者だった。最近こういうのは珍しいので、何だかほっとした。

 4月16日(水)
 韓国vs日本@ソウル。タイムアップ寸前、ふわりと弧を描いたボールが見事にゴールイン。1対0。日本が、ソウルで、勝利した。すごい。共催ワールドカップを終え、日韓サッカーもまさしく新時代に突入したのだ。
 永井の決勝点がラッキーゴールであることを失笑する人もいたが(もちろん僕だってそう思うが)、だとしてもこれがきっかけになってブレイクする可能性もあるわけで…とコンフェデ@新潟以降の鈴木隆行を思い浮かべながら考える。これからの数ヶ月は目が離せない。FWは化けるものだから。もちろん彼はそもそもすごい才能の選手だったのだ。彼がJデビューした横浜マリノス戦@駒場は井原や小村をチンチンにする大型FWに騒然としたのだ。試合後のプレスルームも興奮で色めき立っていたのものだ。
 夜は勝負師、岩澤さんのおごりで田中くん、河合さんとステーキなど。

 4月17日(木)
 昼前のKE便でインチョン空港を発ち、午後、成田に到着。夕方、帰宅後アポ取りなどして、あとはのんびり。

 4月18日(金)
 サッカー協会関係者取材@渋谷。同席は昨日までソウルで同宿していた田中くん。今日も渋谷のホテルで待ち合わせて、取材後一緒にメシを食って…。これじゃまるで彼女だな。ちなみに取材テーマは世界への扉をこじ開けたあのチーム、あの世代、あの時代について。

 4月19日(土)
 自宅でJリーグ@テレビ観戦。あとは原稿書きなど。

 4月20日(日)
 湘南vs新潟@平塚。ベルマーレは素晴らしい出来で、決してひいき目ではなく、圧勝してもおかしくない試合だったのだが、なぜか終わってみればスコアは1対2。「なぜか」というのも何なのだけど。ま、これもサッカーさ……。でも勝ちたかったなあ。

 4月21日(月)
 野茂英雄がメジャー100勝。すげぇ。本当にすげぇ。100勝もすごいが、いくつものチームを移籍しながら8年間もメジャー球団から必要とされ続けたことがすごい。そして、この機会にブンデスリーガにおける奥寺康彦のすごさも声を大にして言及しておきたい

 4月22日(火)
 90年代半ばの日本サッカーのビデオを引っ張り出して、当時の空気を思い出しながら没入する。スマップはまだ6人だったし、五輪代表の選手の髪の毛は全員真っ黒だった。結局、朝まで。

 4月23日(水)
 昨晩の続きでそのまま新潟へ。秋葉忠宏にアトランタ五輪当時の話を聞く。現役選手に、しかもシーズン真っ只中に、思い出話をしてもらうのは申し訳ないなあと恐縮していたのだが、嫌な顔ひとつせず、折り目正しく話してくれた。そんな彼の話を聞きながら、あの頃もこんな感じだったなあ、と7年前が蘇ってきた。

 4月24日(木)
 夜、韓国取材中にマンちゃんの面倒を見てくれた佐野さんと御礼兼ねて食事&飲み。深夜、WSG新編集長の中山くんと飲み。出版界とサッカーマスコミについて。

 4月25日(金)
「白装束集団」にメディアが殺到中。生中継で現在地を伝えながら追い回しているのだが、一体この「白装束集団」が何をやらかしたのかがどうにもさっぱりわからない。道路占拠は確かに違法なのだろうが、そんなことくらいでこれほどヒステリックに密着する必要はないわけで。事実、テレビは「白装束」とか「白い布」であらゆる物を覆ったりしている異様さばかりをおどろおろどしく伝えているわけで。しかも、あんな映像をあれだけ見せられると、どうしたって気味悪く思えてくるわけで。あげくの果てには「オウムに似ている」なんて発言も聞こえてきたり。
 おいおい、「似ている」って何が? もしかして気味悪さ? 刑事事件の被疑団体と似ていると言うからには、せめて根拠くらいは示す必要があるのではなかろうか。白ずくめだって黒ずくめだって赤ずくめだって黄色ずくめだって、別にそんなことは少なくとも犯罪ではないわけで。気味が悪いからあいつら怪しい、なんて言い始めたら、それこそ魔女狩りだ。あいつら生物化学兵器持ってるに違いないと言って証拠もなしに先制攻撃を仕掛けるのと大差ない。SARS患者が出たマンションを丸ごと隔離というか封鎖してしまうのも、僕的にはちょっとなあと思ったりする。まだ感染してない人も含めて、このビルごとウイルスを抹殺してしまえばいいと言ってるみたいで。
 とにかくこの分ではあっという間に、白装束の人たちが暮らせる場所はなくなるな。あ、白装束を脱げばいいのか。気味悪いのはあの外見なわけだから……。やっぱ、外見ということだよなあ、問題になってるのは。
 それにしても自治体が「受け入れ拒否」なんてことをできるなんて初めて知った。法的根拠はあるんだろうか。

 4月26日(土)
 横浜FCvs湘南@三ツ沢。ちょっと風が強かったけど、天気もよくて、すごく気持ちいい。観戦日和としては最高。もっともベルマーレは今日も勝利をつかむことができなかった。いい試合はしてるんだけどなあ。
 決勝点を決めたのは城彰二。こちらは結果は残したが、プレー自体は何だか重そうで、本人も釈然としない顔をしてた。

 4月27日(日)
 領収書やらスケジュール表やらを引っ張り出して、一昨年分の確定申告書を作成。昨年の春は忙しくて確定申告に取り組む余裕なんてまったくなかったのだった。本当に蟻の這い出る隙間もないほどだった。
 でもって、1年後のいまはありあまるほど時間がありありときている。あの頃を10としたら、今年は1か2くらいしか働いていないのではないか。財布の中身が悲惨なことになっているのも当然だ。そんなわけで、そろそろ頑張らないと来年の春にさみしい思いをすることになるぞ、と自分を叱咤してみたりする。

 4月28日(月)
 昼、世田谷税務署。夜、昨晩に続き、確定申告。今夜は昨年分。

 4月29日(火)
 東京Vvs浦和@国立。陽気がいいので、油断して半袖ポロシャツで出掛けたら、やっぱり寒かった。試合内容のせいではなく、純粋に寒かった。

 4月30日(水)
 首都圏横断の一日。まず朝、崔龍珠@市原。千葉方面の電車運行をなめていた僕は自宅から姉ヶ崎まで辿りつくのになんと3時間近くもかかってしまった。ちゃんと時刻表をチェックしておくんだったと後悔するが後の祭り。片道3時間、取材時間30分にはさすがにぐったり。
 昼に姉ヶ崎を出て、今度は東京を東から西へ抜けて、川崎へ。上川徹@新百合ヶ丘。小田急線新百合ヶ丘まで今度は2時間。これは上出来。まあなんせ長い間、電車とホームにいた一日だった。



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2003年4月