
2007年1月
1月1日(月)
天皇杯決勝・浦和×G大阪@国立。宮本とギドのさよならゲーム。試合後、真っ赤なゴール裏スタンドに別れを告げるブッフバルト監督の後ろで、レッズサポの迫力を感じる。あの塊のパワーは尋常ではない。あと久々に真下に立って思ったのだけど、織田ポールはやっぱものすごく高い。沢野大地もすごい。
夜、ジョギング。昨晩の痛みがあったが、ここは無理しないと…とゆっくり3キロ。心配していたほど痛みが出なかったのでホッ。
深夜、8で「割れ目でポン」、10で「麻雀スタジアム」をはしご。見始めると止まらない。昔々、みぃに無理やり教えて、茂やチャンキと麻雀やってた頃を思い出した。
1月2日(火)
午前、例年通り、箱根駅伝をテレビで見ながら家を出て、たくさんの人たちと一緒に134で応援。その後、そうじをして、午後、寒川神社へ。
最近多いこと。知らない人に挨拶されること。ホントあちこちで、知らないおじいちゃんとか、知らない女の人とか、知らない若者とかから挨拶されるのだけど、これは一体ナンなのだろうか。単なるヒト間違いされてるのか、それとも僕の記憶が損傷してしまっているのか。
こないだなんて秩父宮で初老の男性に、挨拶だけじゃすまなくて「元気でやってますか?」と尋ねられちゃったもんな。「どなたですか?」と聞き返すわけにもいかず、「はい、頑張ってます」と答えたら、男性嬉しそうにうなずいてたもんな。その顔見てたら僕も、ホント頑張らなきゃ、と思ったもんな。だからきっと間違ったリアクションではなかったと思うけど、でもやっぱり気になるなぁ。
夜から朝にかけて来週から開塾するマスコミ塾についてあれこれ。
1月3日(水)
午前、箱根駅伝、復路をテレビ&134で観戦&応援。昼、携帯サイトのコラム原稿。午後、ライスボール、オンワード×法政トマホークス。
夕方、佐野さん、田中くん、浅田くん、中山くんが来てくれて鍋。そんなわけで42歳になりました。みなさま、ありがとう。
1月4日(木)
元旦恒例長時間時代劇、忠臣蔵@テレビ東京を見て朝就寝。午後起床後、昨日の残り鍋。夜走って、夜中「ナバロンの要塞」(J・リー・トンプソン)。なんか正月になると見たくなる映画。
1月5日(金)
年賀状の返事書き&ジョギング。
プロ野球クビを宣告された男たち@TBSによれば、昨季で戦力外通告された選手は128人とのこと。番組で取り上げていた(クビを宣告され移籍先を探す)男たちの奥さんが揃って美人で、しかも賢いことに、小さく羨望も覚えたりするのは彼我の境遇の違いか。
1月6日(土)
年末に恵比寿のルノアールに忘れたファイルケースが宅急便で届く。非常にスムーズで気の利いた対応に感謝。ホシノ店長にお礼。
夜、白虎隊ドラマ@テレビ朝日。夜中、マスコミ塾についてあれこれ。
1月7日(日)
なんというか曖昧で焦れったい一日。そこに扉があって、開けてみたけど、何もない部屋だったみたいな一日。
1月8日(月)
今年も相変わらず「荒れる成人式」のニュース。もはや定番となりつつある。
まあ成人式といったって、ちょっとしたイベントにすぎない。その日を境に「自分」を変えたり、「境遇」が変わったりする人などそう多くはないのだから。荒れる成人は、今日以前もそういう人だし、今日以後もそういう人であるに違いない。そうじゃない人が今日以前もそうじゃない人で、今日以後もそうじゃない人であるように。
もちろんこうした風潮がいいはずはないし、悪いに決まっているのだが、「20歳にもなって、いまの若者は…」なんて言ってる20歳以上の欺瞞と健忘の方が、僕にはむしろ引っ掛かる。そう感じているのであれば、「大人」となった自分として、やるべきこともあるだろうと思う。ろくに挨拶もできず、他人や社会のことにはコミットを避け、自分と自分の周囲数メートルにだけ関心を持ち……なんて30歳や40歳や50歳のいかに多いことか。それは大人として真っ当といえるのか。「いまの若者は」という大人は、すでに若者ではなくなり大人になったはずの自分が、どういう大人であるかを忘れている。
子供から大人になるということは、面倒をみられる側から面倒をみる側になる、ということだと僕は思う。自分に責任を持っていればいい立場から、自分以外にも責任を持たなければならない立場へ変わるということだと思う。だから「いまの若者は」と鼻をつまみながら何もしない大人は、要するに若者ではないだけで、大人とも言えないのではないか、なんてことを考えて、むしろ不安になったりするのだ。
まあ20歳なんて(いまの時代にあっては)まだ子供のようなものである。成人式を見ながら、大人の僕たちがすべきもっとも真っ当なことは、あの日の自分が考えてたり、夢見たり、覚悟したり、やる気になったことをちゃんと思い出すことである。そして、あれからの何年かを自分がどう生きてきたかを、ちゃんと思い出してみることである。
もちろん、その日に何かを決断したり、決心して、それを実現しながら(あるいはちゃんと夢破れて)今日を迎えていればの話だけど。……そんなもんである。
夜から朝にかけて、マスコミ塾の準備。
1月9日(火)
午後、ベルマーレの遠藤さんと平塚商工会議所の下見。思ったより狭いかな。その後、事務キチ@辻堂でネームプレートなど購入。
テレビでは相変わらず昨日の続きのニュース。横目に眺めながら、自分の成人式の日を思い出したりする。
22年前、中野サンプラザでの成人式に出た。出た、といっても一人で行って、一人で帰っただけ。周囲の同窓会風景に「何だかなぁ」と思った気はするが、地方出身者にとってはだいたいそんなもんだろう。
印鑑入れみたいなのをもらった気がする。JUNのスタジャン着てた。オールナイターズの誰かの講演みたいなものが行なわれていた気もする。すぐに帰って、ラグビーの日本選手権をテレビで見た。同じくらいの年齢の若林がタッチ沿いを快走して、上田監督が宙に舞った。
1月10日(水)
午前サーフィン。午後、ベルマーレの練習開始@平塚ビーチパーク。末石さんの撮影をちょっと手伝ったりして、その後ロイホで雑談。
夜から朝、マスコミ塾の準備。いよいよ明日からだ。
1月11日(木)
昼、宅急便にて小学校の道徳の副読本届く。『負けずじゃけん』が引用されている。こういうのは嬉しいというか、ライターとしての存在意義を確認できてホッとする。
19時、平塚商工会議所にてマスコミ塾開校。初回の今日は、真壁社長にも並んで座ってもらって記者会見スタイルでスタート。当然、質問がさっと出るわけではない。出るわけではないだろうなと思っていたが、それでも「ライターになろう!」と意気込んで、お金も払って、塾に来ているんだから手ぐらい挙げろと思わないでもない。なので、僕はそんな態度でちょっとイラッとした。イラッとしたのも実はちょっと演技だったりしたのだけど。
要は本気じゃない人は無理だよ、というメッセージ。あとはドリームカムズトゥルーの心構えみたいな話とか、ライターなんて誰でもなれるというような話とか。まあ、ちょっと力み過ぎかもだが、力まないでつつがなく済ますより、力んでコケた方がいい。
それにしても60近くの瞳に見つめられるのはやっぱり斬新。しかも僕の一言一言にうなずいたりするのだ。TVカメラの前に立つのとも違うし、ステージに立つのとも違う。向けられている視線の生々しさが違う。なるほど、これが教育かと思う。
もっとも幸か不幸か僕は「先生」ではない。先生になる気もない。肩書も、それにふさわしい威厳もない。でも、それがないからこそ、僕がここに立つ意義がある。というか、そんなあれこれがないことに意義を持たせなければいけない。ここに立っているのは、ただのフリーライターです。でも20年こうやって生き抜いてきたのです、ということを見せるのが僕の仕事だろう。
授業の後、真壁さん、遠藤さん、それに通訳の西村さんとH&M。ちょうどビーチバレーの川合さん、渡邉さん、それに梅田がいて、なんだかんだとお話。
1月12日(金)
ベルマーレのハンドブックの巻末文執筆。毎度のことながら散文ではないので、(頭ではなく)ハートで書かせていただく。
1月13日(土)
昼、大学ラグビー決勝@テレビ、夜、「対岸の彼女」(角田光代)読了。
1月14日(日)
昼、ジョギング。夕方、ベルマーレ@馬入。洗濯したてで生乾きのコタツ布団をクラブの洗濯室の乾燥機で乾かしてもらう。どこかのコインランドリーで乾燥機にかけようと思っていたのだけど御好意で。というか僕が図々しくもお願いしたからに違いないけど。
そんなわけで菅野監督のインタビューを終えたら、こたつ布団もすっかり乾いていて、乾いているだけじゃなくてきちんと畳んであって。ミヨシさん、どうもありがとう。
1月15日(月)
藤口社長@浦和。最近、藤口さんにしょっちゅう会うなぁ。というか、Jリーグが始まった頃からだもんなぁ。そういえば週刊宝石の加藤さんと3人で埼京線に乗って浦和まで行ったことあったなぁ、あれいつだろう?1994年くらいかなぁ。
夜、昨日の菅野監督のテープ起こし。夜中、ジョギング。未明、「フライ、ダディ、フライ」(成島出)。岡田准一の体の線がなかなか美しい。
1月16日(火)
ベルマーレ新体制会見@サンライフガーデン。大卒新人GK、キム・ヨンギの面構えが非常にいい。
会見後、コダマさんとお茶@茅ヶ崎。こないだから「サッカー教えてください」と言われてたんだけど、いまいち何を教えて欲しいのかよくわからない。何がわからないのかわからない人には教えようがないという典型のような。そんなわけで僕から促して、彼女の苦労話に耳を傾ける。そっちの方が噛み合いそうな気がしたので。繊細なような図太いようなつかみどころのない話ではあったけど、まあつべこべ言いながら頑張り続けることだよ、フリーは。
夜、「72時間」@NHK。テーマによって当たり外れはあるけど今回も秀逸。今日の72時間はバッティングセンター。74歳のホームラン王、コボリさんの笑顔がチャーミングで切なくて、愛しい。店の若者たちの眼差しもいい。
1月17日(水)
阪神大震災から12年。そっか、あれからもう12年も生きてきたのか。あの頃抱えていた迷いを結局のところ何も解消しないまま、相も変わらず現実に棹差して僕は過ごしているわけで、それはつまり12年前の大晦日、一方的に告げた別れを受け入れてくれた彼女の虚しさや握り締めた拳を無駄にしてしまっているということなわけで。
年賀状の配達遅れで郵政省の総裁が謝罪&釈明。PC&プリンターの普及で一斉投函が増えたという出し手の事情と、民営化を睨んだ合理化という配り手の事情が重なった結果なのだとか。
とはいえ、民営化後の郵便事業において年賀状が、お菓子業界のバレンタインとかクリスマス以上のビジネスチャンスであることは間違いなく、それどこか手紙離れが進展する現在、命運を握っていると言っても過言ではないはずで、にもかかわらずこうした不始末を起こしてしまうあたり、郵便屋さんの危機感の希薄さが垣間見えるような。
ちなみに、郵便局とは無関係ながら、今後手紙とか手書きの再認識が必ず起こるに違いないと僕は確信している。もしかしたら書道の復権とかもあるかもとも。
夕方、WSG編集長と打ち合わせというか、ナンだこりゃという話し合い。どこかに向かうつもりもなく、何かを生み出す気もない人とのこの手の話は徒労以外の何モノでもない。
夜、マスコミ塾の宿題を添削というか熟読。夜中、菅野監督のインタビュー原稿。
1月18日(木)
夕方、サーフィン。塾の前にすっきりしたくて。やっぱ人前に立つ以上、清々しい方がいいと思って。
19時、マスコミ塾。先週よりは少し落ち着いた……かな。でも、やっぱり1対30は僕には不向きだなと2回目にして痛感。1対1は相手が誰であれ、気が合おうが合うまいがノープロブレムなのだけど。で、さてどうしようと考えて、1対30に馴れようとするのではなく、(1対1)×30を目指そうと思う。こういう場合にはそういうふうに考えるのが僕の流儀。
夜中、菅野監督の原稿の続き。
1月19日(金)
未明、原稿終了後、だらだらして、午前就寝。夕方、起床。
ジョギング。塾のことに没頭していたおかげで、すっかりブランクできてしまっている。気がつけばあと2ヶ月。そろそろやらないと。以前走っていた頃はだいたい1ヶ月前から走り始めれば大丈夫だったのだけど、いまやすっかりジジイなので。いや、気持ちや身体はまったく老化してないけど、筋肉が見事にジジイなので。パサパサなのが実感としてわかる。伸びないし、弾まない。走っていてこれが一番ストレートにショック。
1月20日(土)
今日もジョギング。寒さにもマケズ、小雨にもマケズ。
1月21日(日)
最近なんだか声が墜落していく気がする。相手まで届かずに落ちていくのが見えるときがある。困惑している。
そのまんま東が宮崎県知事に当選の報。
1月22日(月)
ジョギング。右足緋骨付近に鈍痛。前にも痛んだ箇所。
先日Nスペでやっていた「グーグル革命」@ビデオ。すごいな。単純にすごい。素直に感嘆。僕の仕事とも無関係ではないのでメモとかとったけど、僕の生き方とは関係ないのできっとそのうち忘れる。
未明、「中国の鳥人」(三池崇史)。
1月23日(火)
朝、仮眠。昼、松崎事業部長@大宮。インタビュー後、J+の佐川さんらと、大宮八幡の参道でだんご食って、改築中のサッカー場を覗いて、お向かいの土器の館を見学。
1月24日(水)
夕方ジョギング。今回のプロジェクトで最長の8キロを、割とスムーズに走れた。ようやく馴染んできた感じ。このままステディに練習続ければ7分30秒/キロくらいなら何とかなりそうな。
桂子ちゃんから久々にTEL。フラとビーチサッカーのイベントを湘南でやる企画がどうとかこうとか。
夜から朝、マスコミ塾の準備。
1月25日(木)
午前1時間くらい仮眠。結局、マスコミ塾の前日は毎回こんな感じ。塾の前に海。すね〜膝程度だったが、テイクオフから横に滑れて結構楽しかった。
今日の塾はインタビュー実践。練習のための練習にならないように、と考えていたのだけど、やっぱ難しいな。
1月26日(金)
昨晩は0時ごろにはこたつでウトウトしてしまって3時に起床。それから起きてて、昼前から夕方までまたコタツで。疲れてるかも。身体ダルイ。
もう随分昔の(20年くらい前?)テレビドラマ、「ザ商社」をCSで見る。非常に面白かった。原作は松本清張のビジネス小説なんだけど、時代、運命、因縁を投影した舞台上で、男の野心、女の情念、男女の愛欲を、野心家のビジネスマン、美貌のピアニストらが演じていて。物語としてスリルもあるし、艶もあって飽きない。さらに日本と日本人も透けて見えて秀逸。
UEFA会長にプラティニ就任。
1月27日(土)
結局完徹。早朝ジョギングするが、さすがに身体重い。6キロでやめとく。
午前、マリノスタウンオープニング式典@みなとみらい。中田市長も馳せ参じて、日産&横浜の顔がずらりだった。ちゃんと加茂さんも招待されていたあたりがいい。高濃度酸素ナントカとかプールまで完備しているクラブハウスをぶらぶら見学。
1月28日(日)
「ネットカフェ難民」@NHKドキュメント。いまや働く人の3人に1人は派遣、バイト、フリーターなのだそうだ。そりゃ人材派遣会社伸びるわな。ちなみにネットカフェの家賃?は1日1000円なのだそう。
ふと考えてみて、僕が25歳くらいまで住んでた野方の並木荘とほぼ同じと思い当たる。家賃3万3000円、風呂なしだったけど、あの6畳間には色んな人が来たし、色んなことが起きた。知ってる人も知らない人も時には10人くらい集って遊んだし、友達と語り明かしたり、小説を書いたり、女の子と仲良くしたり。あの部屋は相当コストパフォーマンス高かったなぁ。いまの茅ヶ崎の部屋は相当低いなぁ。
1月29日(月)
早く寝ればいいのに昨日また徹夜してしまったせいで、そして朝になって寝てしまったせいで、結局またもや夕方起床。
仕方ないからとりあえずジョギング。が、これが意外にいい感じ。8キロ。最後ちょっと頑張ってスピード上げてみよう、と思えるくらいだった。右足ふくらはぎに違和感あったからやめたけど。
1月30日(火)
未明、「となり町戦争」(三崎亜紀)読了。面白くなくはないけど、最近の売れ線小説同様、物語が小さい気がして残念。
朝日新聞にタック牧田さんが紹介されてた。タックさんはNFLの写真を顔パスで撮れる唯一の日本人カメラマン。ハンチングが似合うオシャレなおじさんでもある。以前、アメフトの仕事してる頃には日本に帰ってきた際に何度か御一緒させていただいた。懐かしい。指折り数えてみれば…もう15年以上前のことだぁ。げっ。
夜から朝、「サッカーJ+」の原稿。
1月31日(水)
早朝就寝、午後起床。本当は今日は10キロ走の予定だったのだけど、またもやコタツで寝ちゃったし、あんまり天気いいし、でサーフィンに変更。でもはじめ面ザワ、途中から風も入ってNG。2時間バタバタやってたけど、ほとんど何もできなかった。
夜から「サッカーJ+」の原稿。