2007年3月


 3月1日(木)
 未明のテレビ、お天気カメラが名古屋→津→福岡と切り替わる。俺の住んだ街たちの遠景を眺めながら、いまここでの暮らしはとても穏やかで、それどころか豊かだけど、でも……と最近しばしば頭に浮かぶことを思う。また都内の中野あたりに戻り、狭い部屋に住み、ゴールデン街なんかで安い酒を飲んで、そんな日々からもう一度スタートしたいと思う。
 7分から7分半ペースで10キロ。7キロすぎにまた左足ふくらはぎに痛み。少しして収まるが。
 昨日から風邪気味。鼻水が止まらず、微熱がある。
 夜中、「今日のできごと」(行定勲)。「ひまわり」に似ている。

 3月2日(金)
 シンメトリーについて考えていて、万華鏡に思い至る。2枚の合わせ鏡で全方位的にシンメトリーだ。この発明はフィンランド産らしい。

 3月3日(土)
 Jリーグ開幕。湘南×仙台@平塚。アジエルのキレキレなゴールで先制したが逆転負け。新戦力&復帰組がいまひとつぱっとしなくて、開幕らしさに欠け、がっかり。名良橋はベンチ外。今日はマスコミ塾の体験授業も兼ねていて、記者会見、ミックスゾーンと塾生のみなさんも同行。

 3月4日(日)
 金属の盗難が相次いでいる。闇ルートで高く売れるらしい。お寺の鐘まで。一体どうなってんだ? いまは終戦直後か? ここは焼け跡か?
 午後、ジョギング。7分ペースで12キロ。
 夜から夜中、プレジデントファミリーの原稿書き。

 3月5日(月)
 携帯サイトの原稿書き。

 3月6日(火)
 暖かい。ハーフパンツ、長シャツで本番想定して走る。12キロ。調子もいい。
 夜中、「せかいのおわり」(風間詩織)。「遠くばっかり見てても、近くばっかりみててもダメだよ。ちょうどいいとこ見てないと」。中村麻美はいい。

 3月7日(水)
 今日は江ノ島方面へ。少し重いが、足の痛みは出ない。
 ベルマーレ広報嬢。あらゆる仕事があらゆる面で雑過ぎないか。ちょっとキツイ。

 3月8日(木)
 久々にサーフィン。久々にもかかわらず、結構うまくいく。へそ重心から胸で板を押して海面を滑る感じがつかめた。気分がいい。
 マスコミ塾。前期は来週で終わり。

 3月9日(金)
 10キロ。ここ数日痛みも出ず、いい感じ。あとは無理しないこと。故障が出ませんように。
 夕方、吉野家、ヤマダ電機、ジーンズメイト。茅ヶ崎駅周辺でだいたい事足りる俺のいまの生活。
 夜中、浅田くんと長電話。

 3月10日(土)
 マラソンまで1週間。生活リズムを合わせたいのだが、なかなか朝起きれない。もっとも難題。
 横浜FC×横浜Fマリノス@三ツ沢。なかなか面白い試合だった。ベテランがいて、奥がいて、高木監督がいて、ダービーで。
 夜中、「マシアスギリの失脚」(池澤夏樹)読了。何度読んでも大きいな。

 3月11日(日)
 1週間前ということで、本番のコースを本番の格好で江ノ島から柳島まで10キロ走ってみる。5キロ過ぎて少し重くなるが、10キロのところではもう少し走りたい気分。足も膝が少し痛むが、あとは大丈夫。来週はコンディショニングのみ。
 が、やっぱり寝付けず。 

 3月12日(月)
 結局、完徹で6時茅ヶ崎発、小田原から新幹線で大阪。田中編集、末石カメラと合流して、西宮のJT体育館へ。菅沼かおる姫。想像していたより、ずっときれいでびっくりした。バレーボール選手のイメージ変わった。
 それよりインタビュー待っているときに、体育館から悲鳴があがり、何事かと思ったら……レシーブに飛び込んだ女の子に、たまたまめくれかけていた床板が突き刺さったのだという。バレーボールのイメージ変わった。選手たちが激しく動揺しているのが、妙に生々しかった。
 夜中、「たった一人のワールドカップ」(一志治夫)読了。ちょっと?な出来だったが、あとがきに一志さんの本音というか皮肉というか。製作の裏事情が伺えた。

 3月13日(火)
 柳島往復6キロ。痛いところはない。天気もいいし、健やかな気分。

 3月14日(水)
 午前、午後と馬入へ。マスコミ塾の塾生たちがインタビュー実践に望んでいるので激励。というかリラックスしてもらいに顔出しだけ。
 偶然会った名良橋が「もう爆発しそう…」。チームでの居心地がすこぶる悪い様子。今季はチームへの期待が大きいので波風は立たせたくないが。そもそもどういう経緯で獲ったのか。彼レベルの選手を獲るからにはそれなりの遇し方が求められる。にもかかわらず…といったあたり。我慢しろ、とは言えないので、言いたいこと言った方がいいよ、腐るのが自分にとってもチームにとっても一番よくない、というようなことを伝える。

 3月15日(木)
 5キロ。やや足重め。でも何はともあれここまで持ってきた。最後に走ってから10数年、ラップは比べようもない。当時は大して練習しなくても5分半で42キロを走れた。いまは7分がやっと。今回は7分30秒×42で5時間15分でゴールする予定。1時間半近く遅いプランだ。しかも故障の不安も消えない。それでも、その分距離はたくさん踏んだ。そして、ともあれスタートラインに立てるところまで持ってきた。
 ちなみに今日からカーボローディング。禁煙はできなかったけど、せめて燃料タンクは満タンに。
 マスコミ塾。前期の最終回。ヒヤヒヤの10回の授業が終わった。ヒヤヒヤだが、初体験の楽しい経験だった。毎週の徹夜にはマイッタけど。
 夜中、「拝啓父上様」@CXを見ながら、アルコールを飲みたくなった。映画ならともかく、テレビドラマでは珍しいこと。ストーリーを追いながら考えたり、感じたりする余白があるからに他ならない。主人公の心情に寄り添うこともできる。

 3月16日(金)
 昨日、鈴木ヒロミツさんが死去。余命3ヶ月と宣告されてから手紙を書き続けた、というエピソードに人柄がしのばれる。ガス欠になった車を押すCM(ノンビり行こうよ〜俺たちは〜♪)は印象的だった。合掌。
 コンディショニングで2キロ。サティで見つけた圧の強いサポーターを両ふくらはぎに付けて走ってみる。故障を考えれば付けて走りたいが、5時間も圧迫しているのもいかがなものか。迷う。
 夜、イライラすることあり。おかげでマラソンに集中できないというか、自暴自棄になりそうになる。でもこの10年の灰色の日々にけじめをつけるために走るのだ。そして、もう一度新しく始めるのだ、丁寧に時間を過ごさなければならない。何より、ここまでに走ってきた300キロがもったいない。
「同じ月を見ている」(深作健太)。前にこのセリフ、口にしたことあるな。電話の向こう側にいたのはサカイさんだったな。
 
 3月17日(土)
 江ノ島で受付。ついでにニューバランスのスパッツを購入。締め付けられるのは何事であれ嫌いだが、サポーターはやめてこれを履いて走るつもり。
 今日もイライラする出来事あり。海で一人で気持ちを静めようと試みる。試みた瞬間、静まっていた。海の力は偉大。

 3月18日(日)
 湘南マラソン。気温も心配していたほど低くなく、暖かい。スタート地点でベルマーレの大森さん兄弟と、スタート直後にラジオ中継中のおすぎちゃんと会う。
 最初の5キロは34分台。レースに出ると、気持ちが高まっているのと、周囲に煽られて、だいたいこうなる。まあ、予定通りのタイム。が、次の5キロが32分台。これはちょっと想定外のラップ。抑えているつもりなのだが、どんどん行ってしまう。それでもまったく疲労感もなく、足の具合もいい。スピードを上げている意識もなくクルージング気分。なので、そのまま行く。もしかすると、練習でたくさん距離を踏んだので力がついたのかも、と楽天的なことを考えながら。
 西湘バイパスに上がってからも余裕があるので、すれ違う先行ランナーを眺めながら走る。大森さんの弟さんと目が合って、合図をしたりした。が、このあたりから少し足の具合がおかしくなる。西湘は路面が傾いているので、右足と左足の負荷が違って、ぎくしゃくし始めたのだ。マズイなと思いながらも20キロ=2時間13分までは大して問題もなく進んだ。ああ、この調子なら後半落ちても4時間台だと。
 もちろん、マラソンはそんなに甘くない。時間も距離も長いので、決してフロックはないのだ。急に実力が上がるなんてこともあり得ない。25キロ地点ではじめて35分台にラップが落ち、西湘を下りる坂のあたりで突然ガクン。足が動かなくなってしまった。
 そこからは、まさしくマラソン。ああ、初めて走ったときもこんな感じだった、とちゃんと思い出すのだから不思議だ。もう18年も前のことなのに、キツさを体も心もちゃんと覚えているのだ。あのときは30キロ過ぎて、いきなり足が石になり、まるで漫画みたいだと、半笑いになったのだ。そして半べそかきながら走った。今回はまだ25キロ過ぎ。ちょっと長い。あれよりキツいのかと体以上に気持ちが重くなる。
 平塚を抜け、湘南大橋を渡り、茅ヶ崎に入ったあたりでほぼランニングは終了。せっかく家の近所に帰ってきたというのに、あとはただ歩くことなく、腕を振りながらよれよれと前進していくのがやっと。でも、そんな中で非常に嬉しかったのは、明らかに当時より力がついているのを自覚できたこと。半笑いは変わらないが、半べそはかかずに走り続けられるのだ。そればかりか沿道の人々に笑いかけることもできるのだ。40歳を過ぎ、ちゃんと人間的に大きくなれていることが、理屈でも観念的でもなく、肉体を通して確かに自覚できた。それが嬉しかった。こういうことは自分の体を自分の力で運ばなければ決して確認できない。そんな作業の中に自分がいることが満足だった。
 あとは辻堂、鵠沼と、自分の中にある余裕と根性を確認しながら進む。肉体的にはもうオールアウト。30キロから35キロは43分、35キロから40キロは実に50分もかかる。歩いた方が速いのではないかというスピードで、でも走っている。
 最後、江ノ島への橋でかつてと同じようにダッシュを開始する。が、数10メートルも走らないうちに体がバラバラになってしまう。体勢を立て直して、またダッシュ。そんなことを繰り返しながらゴール。ガッツポーズ、そして決めていた通り、カムバックとつぶやく。5時間20分33秒。5分遅かったとはいえ、結局ほぼ予定通りのタイム。やっぱり実力通りの結果しか出ない。それがまたちゃんと練習した証のようで満足でもあった。
 レース後、芝生の上でのびてたら、すぐ隣にJリーグの中西さんがいてびっくり。初マラソンだったとのこと。ここで会ったことで今後信用できる。何はともあれ、この人も自分の体を自分の足で42キロ運んだのだ。
 藤沢経由で帰宅。まともに歩けない。特に左膝はやばい。そのくせ懸念していたふくらはぎはまったく問題ない。不思議だ。

 3月19日(月)
 昼前に就寝。昨日ほどの足の痛みはない。しかも時間とともにどんどん動けるようになる。初マラソン時には階段を下りるのも大変だったのに。
 目が覚めて今日最初に頭に浮かんだのは、やるべきことをやろう、ということ。人より早くても遅くてもどっちでもいいから、自分のやるべきことをやり抜く。そんなことを思った。自分のやるべきことがちゃんとわかっている僕は幸せだ。
 夜、俊ちゃんからTEL。昨日マラソン走ったことを言うと、「一人で走ったの?」。そんな何気ない問いにハッとする。誰かと一緒にとか、仲間とワイワイ走るなんてことを考えたこともなかった。いつも一人で走っていた。でも考えてみれば何をするときもいつも一人で始めてきた。大学辞めるときも、物書きになるときも、誰かに相談したことがない。なんでそうなのか? なんでそういう人間になったのか?はわからないけど、わかっていることもある。いつも一人だからこそ、友人とか仲間とかのありがたみが染みるのだ。

 3月20日(火)
 サーフィン。少し寒かったがPカンで気持ちい。開いていく感じ。小波だがうまく乗れて気分もいい。

 3月21日(水)
 久々にHな夢を見た。あっちまで若返ったか? ちなみに出演してくれたのはヤスダさんだった。

 3月22日(木)
 加藤敬二@劇団四季。インタビュー前に公演中の「コンタクト」を見せていただく。第1章のブランコはセクシーだった。普段雪かき仕事のPファミリー、タカハシさんが非常に積極的で頼りになる編集者に変身してたのが面白かった。やっぱ自分の好きなことを仕事にするのが真っ当です。
 取材後、編集部に寄ったらカメラマンの小原さんがいて嬉しい。会うとホッとする人。残念ながら車なので、と飲みに行ってくれなかったが、編集長の鈴木さんが付き合ってくれてメシ飲み@響@丸の内。
 帰りの東海道線を乗り過ごしてしまい、平塚からタクシーで帰る。

 3月23日(金)
 昨日、城山三郎さん死去。黄金の日々@大河ドラマは、人生を変えたとは言わないが、僕の人間形成に大きな影響を与えた作品。茅ヶ崎在住でもあった。合掌。
 午後、サッカーJ+の佐川さんと打ち合わせ@川崎。初めてラゾーナへ行き、しかも堂島ロールの店で、コーヒーのみ。すでに売り切れていたので。
 拝啓父上様@CX、最終回。一平の物語であり、おかみさんの物語であり、ゆきのちゃんの物語であり、竜さんの物語であり、料亭坂下の物語でもあった。周りの登場人物が、主人公を引き立てたり、ストーリーを動かすためにいるのではなく、登場人物の一人一人がそれぞれに生きてきた人生の上に立っているからこそ、リアリティが生まれる、という正しいドラマだった。また随所にアイロニーや警鐘が散りばめられていて、世相に対する倉本の苛立ちが感じられるドラマでもあった。
「僕はあなたのお母さんとひどく後味の悪い別れ方をした。それ以降、神楽坂は立ち入れない場所になった。そういう場所は作らん方がいい。会えない人も」@奥田瑛二。

 3月24日(土)
 キリン杯・日本×ペルー@日産スタジアム。柴田さん、高木さん、水原さん、ゾノくんなど代表の試合は輪郭がくっきりしている人たちに会えて心が弾む。試合後、田中くん、中山くん、浅田くん、佐野さんと焼肉@目黒。
「跳べジョー、BBの魂が見てるぞ」(川上健一)読了。スポーツ短編小説集。青春するか、群像劇にするか、それ以外のサンプルはなかなか見つからない。

 3月25日(日)
 湘南×愛媛@平塚。中町が退場になって0×0のドロー。これで1勝1敗3分。愛媛・望月監督「去年の横浜FCのように守備のしっかりしたチームだと感じます。補強を見ても、対戦してみてもJ1を目指すチーム」。まさしく。どっちへ転ぶか。
 最近のお気に入りのヒトに、結婚生活はどう?と問うと 「秒読みです…」。嬉しいような、腹立たしいような。恋情と信頼はしばしば相反する。
 湘南ライター&レポーターさんと晩飯@夢庵。滔々と一生懸命しゃべったが、しゃべればしゃべるほど徒労感重なる感じ。話題が狭い、分母が少ない。だから理解力も表現力もプア。当然、物語も膨らまない。とにかく知識と経験の絶対量が不足していて、言葉が通じない。厳しい。
 NHK−BSで谷村新司の「愛の光」。いやあ、たぶん30年ぶりくらいに耳にした。なのに、すらすら歌える自分に、逆にボケを追認する。

 3月26日(月)
 空洞を埋めるために、火をつけて、薪をくべ、懸命に燃やして、達成感と多幸感を得、そして燃えつき症候群、その末にまたEMPTY。その繰り返しのような気がしてくる。電通の浜口さんとか、HPの沢木さんとか人生の先輩と頼む方々に話をし、話を聞きたいと願う。

 3月27日(火)
 ジョギング。3キロ。ゆっくり、色んなところを確認しながら。
 桑田がプレシーズンマッチでケガ。頑張る必要のないファウルフライに頑張って飛び込んで審判とぶつかって。不運だな。やるせないな。
 強いものなどいない。鍛えたか、鍛えていないか、それだけだ@マイボディガード@日テレ。

 3月28日(水)
 北京五輪予選・日本×シリア@国立。
 試合後、田中くん、浅田くんと中華@五本木。

 3月29日(木)
 海までジョギング。小川カズさんと久々会った。
 ちょっと前にあった人に久々に電話して、誕生日だね〜と勝手に華やいで、しかし打ちのめされて。そんなこともあり久々に飲みたくなって、茅ヶ崎の盛り場らしきあたりをウロウロ。とりあえず一軒飲んで、もっと飲もうとまたうろついたあげくに、えっ、ここ?、ここにわざわざ? てゆーか大丈夫ですか?>自分、というスナックのドアをカランと開け……。大きな過去と身近な過去が交錯した夜の向こう側に自分の素性を見た、そんな未明であった。

 3月30日(金)
 テレビをつけたらアンジェラ・アキが熱唱していて、中野美奈子が涙を流していて。朝7時45分、ここは夜の続きかという絵面に、昨日以前のことがどうでもいい気分になった。
 午前、海。が、胸くらいサイズあってビビッて乗れない。
「(年をとることは)蛇口がどんどん細くなっていく感じ」「この一本で世界を変えようと思ってやらなきゃいけない。変わらないんだけどね」「僕は不機嫌でいたい人なんだよ、自分の考えに浸っていたいんだよ。それじゃいけないと思って、笑顔を浮かべているんだよ」@宮崎駿@NHKプロフェッショナル。

 3月31日(土)
 激流中国@Nスペ。報道規制と闘う記者たちに、メディアの原初的な気高さを思い出す。