2009年1月


 1月1日(木)
 大晦日なのにダラダラと徹夜。起きていたのに初日の出も見ず。元旦なのに天皇杯にも出かけず。
 あの頃のエネルギーがほしい、と富島健夫を読み始める。大学生で、しかし就社するつもりはなく、可能性を無条件に信じていた頃、野心をかき立てられた大河小説。
 昼、天皇杯をテレビで。年賀状を書きながら。

 1月2日(金)
 昨晩から過去の原稿を読み返したりしながら朝。さだまさし@NHKで懐かしく聞いた「主人公」。例えば思い出行きのガイドブックにまかせ、あの頃という名の駅で下りて、昔通りを歩く…そんな感じ。
 午前、箱根駅伝@134。途中、携帯鳴ってディスプレイには「佐藤清美」。月夜野のママである。ん?と思いながら折り返すと、子供がいたずらして、とのこと。そんな気した。でも、数日前に携帯カメラの写真を整理していて彼女の顔を見たばかり。これも縁。そして今年最初に話した相手。
 ランナー通過後のビーチではトモちゃん夫妻にばったり。今年初めて会った人たち。駅伝は東洋大の柏原が山を快走。泣きながら走っているような、歪みがらも一心不乱な表情が正月らしく清々しかった。
 年賀状の返事を書いた後、こたつで寝てしまって…。夜起床、未明就寝。

 1月3日(土)
 お腹が痛くて早朝に目が覚める。今日も箱根駅伝@134。今日もおそろしくPカンだ。帰宅するとマンちゃんが玄関に。目が見えなくなるまでと同じように迎えに来るようになった。慣れてきたのか。えらい。すごい。特にうろたえることもなく、不幸だ不遇だと嘆くこともなく、ありのままを受け入れて淡々と生きている姿は本当にえらいし、すごい。尊敬し、感動する。
 午後、年賀状。素子、母、それにポチからメール。おめでとう。44歳になった。ありがとう。
 夕食は牛丼。何だかなあと内心で思わないでもなかったのだが、夜になって突然ピンポン。ドアを開けると、なんと303のアベさん姉妹が立っていて「お誕生日おめでとう」。嬉しい。ありがたい。こういうことが人生を楽しくするのだ。本当にありがとう。
 実を言えば夕食に誘ってくれた人もいたのだが、一緒に食事してどうなるのか僕にはまったく理解できず、やんわり断らせてもらった。受け入れることと同じくらい、意地を張ることが大事なことも僕にはあるのだ。だから、僕の人生なのだ。

 1月4日(日)
 今年初めて走る。5キロ。息はキツいがペースは悪くない。津波警報が出ていて、ビーチでは消防士さんたちが警戒していた。烏帽子岩辺りにはなぜか漁船がたくさん。
 昼はマック。夜は鍋。
 偽メール事件の永田元代議士が昨日飛び降り自殺。昨年11月にも未遂を図っていたとのこと。「死」の動機がかつてとは変わってしまった気がする。違う、と強く思う。

 1月5日(月)
 朝、新聞を取りに出て、あれ?来てないぞ、配り忘れかな…と販売店に電話。未配を告げる。ところが、電話を終えて、よっこいしょとコタツに座ったら、なんと、そこに朝刊。さすがに、ぞっとする。「最近物忘れが激しくて」なんて笑ってられるレベルではない。ぞっとして、混乱する。
 再び販売店に電話。「夕刊と一緒でいいですよ。わざわざ急いで持って来なくてもいいから」なんてやさしいことを言った直後でバツが悪い。さすがに本当のことを言う勇気はなくて、「別の者がすでに取ってたみたいでした」。別の者って誰だ?と苦笑しながら考えて、またまたぞっとする。俺の老後はどんなだろうか。
 昼は今年初のマナフード。夜は鍋。早い夜にコタツでウトウト。そのまま寝る。

 1月6日(火)
 未明に起床。1時間くらいブラブラとジョギング。年末に会ったポコちゃん宅方面。7キロ。
「翔ぶが如く」は西南の役、クライマックスの田原坂の戦い。小学生の頃、おじいちゃんと一緒に戦没者の碑を見に行ったことを突然思い出した。石碑に刻まれている名前を探したような。あれは誰を探したのだろう。
 夜、素子とTEL。母のこと、素子の離婚のこと、レオの学校のこと…。明解な答えのない問題が列をなしている。

 1月7日(水)
 高校ラグビー決勝。啓光には国定3世。目黒高校監督が祖父で、ウイングの精豪が父。ノーサイド直前のプレー、タッチ沿いのキックを引っ掛けて抜けかけた微妙なプレーが、もしインフィールドだったら勝敗と優勝の行方は違っていたかも。それでも選手もベンチもスタンドも、文句を言うことなくノーサイド。気持ちがいい。Jリーグあたりではありえないシーン。
 高校サッカーでは敗れた滝川二高の、怪我で出場できなかった3年生の、イレブンへの慟哭の叫び、「よかったぞ、悪くないぞ、よかったぞ全員、よかったぞ、ありがとう」に清々しさと郷愁。心が洗われた気分で気がつくと笑顔で感涙。
 夜、認知症@TBSを見ながら、リアルな恐怖感。そういえば最近、本が読めなくなってきている。文字は読めるのだが理解できない。理解できても頭に入らない。そんなことがある。おかげで物語を先に進めることができにくい。何度もページを繰りなおさなければならない。
「じゃっどん、面白か人生じゃった。男としてこれほど太か一生がまたとあるかい」大山巖@翔ぶが如く。

 1月8日(木)
 朝、いい感じで5キロジョグ。ラストは5分台。
 飯塚くんから「こんなカバ見つけましたけど」とメール。楽しい。
 母と素子からTEL。

 1月9日(金)
 早朝起床。このところすっかり早寝早起になっている。久々、雨。
 古着屋。デニム2枚とチェックシャツ1枚を売って400円。
「翔ぶが如く」最終回。桜島の麓で育まれた青春が、天へと還る物語。

 1月10日(土)
 早朝目は覚めていたが、10時ごろまでベッドの中。このところ落ち着かない寝方だったマンちゃんが、久々に脇の下に潜り込んで、俺の腕枕で気持ちよさそうに眠っていたので。起こしたくなくて。
 昼、ベルマーレMDPの原稿書き。
 夕方、素子からTEL。今晩がヤマと医者から告げられたとのこと。
 父にメール。おばちゃんの病気の件は、母には隠しているので父の携帯にメールしたのだが、伝わらなかったのか、失念してしまっていたのか、意味がわからなかったらしく……。結局、電話で話したが、あまりの不自然な会話にこれは隠しているのは無理だと判断。母に代わってもらって、直接これまでの顛末と今日の状況を告げる。絶句してた。できればショックは与えたくなかったのだが、それでも予期せぬ話に驚きながらも、混乱はせず、自分の病気のことを忘れてしまうこともなく、事態を受け止めることはできた様子。哀しみの中で、ほんの少しだけ安堵した。それにしても父。困る。責めるわけにもいかないし。
 夜、素子からTEL.21時54分だった、とのこと。口にできる言葉はそう多くない。冷静でいることはないが興奮しないこと。俺ができるだけ早く行くこと。告げる。

 1月11日(日)
 朝、海を散歩。何十年か前にまだ少女だったおばちゃんが一人で来て、一人で眺めた海を歩く。私の帰属するべき場所へ連れて行って…というカントリーロードの歌詞が浮かぶ。帰属する場所がない孤独は、強さと明るさに通じると改めて思う。口ずさんでいたら素子からTEL。そんな話をしようと思うがうまくできなかった。落ち着いている様子だったので少し安心する。
 午後、高校サッカー、箱根駅伝の舞台裏ドキュメント。涙止まらない。高校サッカーでPKはずして負けた選手に、20数年前の夏が蘇る。励ます仲間たちの気持ちが手にとるようにわかる。

 1月12日(月)
 早朝のANAで福岡。JR九州で中津へ。ソニック号に乗るのは2002年以来だなあと車窓を眺めていたら小雪がちらつき始めた。
 中津駅にカオリが迎えに来てくれていて葬儀場へ。みんなしっかりしている。生死を受け止める懐の深さと、生死との接し方を、田舎の人たちはちゃんと身につけている。おばちゃんに会い、葬式に出席。レオがストレートに泣いている。はじめ周囲の涙を誘い、そのうちそのストレートさが周囲を和ませる。子供の、というよりまっすぐな感情の力は、百の分別より大きい。
 出棺。専業主婦だったおばちゃんを送りに、地域の人たちが大勢参集している。普段は目に見えない絆が、あちこちに結ばれていたことが窺える。温かく強い絆が見える。
 火葬。扉が閉められ、おばちゃんは一人になる。激しい雪。待合室で栄くん、洋平と煙草を吸いながら話す。おばちゃんの最後の言葉は「行ってきます」だったという。一人で骨になったおばちゃんを、みんなで集め直す。小さく折り畳んでそれぞれの胸にしまっている気がした。レオを媒介にして素子の「母であるからこそのたくましさ」が見える。
 葬儀場に戻って初七日の法要。今日やるのだそうだ。母の縁の人々と、子供の頃以来再会する。再会というより事実上初対面なのだけど。だから「ああ、浩子ちゃんの…」と、息子ではなく、夫と間違えられたりする。子供の頃の母しか知らない人たちが、45歳の男を前にして、子供ではなく連れ合いだと勘違いしても不思議ではないのだ。そんな初対面の人たちに囲まれ、よそ者として孤立しかねない僕を、昌子姉ちゃんがそれとなく気遣ってくれる。僕にだけじゃなく、場を円滑に動かし、時に和ませ、時に仕切る昌子姉ちゃんの能力はすごい。こういう人がいるから世間はうまくいく。こういう人にそばにいてもらえたらどんなにか素晴らしいだろうと、昌子姉ちゃんへの崇拝がまた深くなった。
 沓川に戻って、一時的な仏壇を前に親族で酒を飲む。おじちゃんに満州から引き揚げ時の話を初めて聞く。栄一は姉である素子に普段は口にしないことを言う。ふさわしい夜だった。
 素子とレオと川の字で寝る。夜中に何度も目が覚めて、レオの寝相を直し、おばちゃんの気配を感じる。

 1月13日(火)
 目が覚めると仏間から話し声。隣のおばちゃんが来ているらしい。襖一枚隔てて俺は、醤油の貸し借りをする近所付き合いの確かさを感じながら、だらだらと布団の中でまどろんでいた。
 昼からおばあちゃんをホームに訪問。いつもながらやさしいし、かわいい。百歳が近づこうとしているけど、記憶以外は本当に元気だ。
 昌子姉ちゃん、素子親子とスーパーで買い物。夕食はみんなで餃子をいただく。昌子姉ちゃんがテキパキと、しかしセカセカはせずにみんなの世話を焼いてくれる。本当にすごいし、助かる。

 1月14日(水)
 昼前のソニックで福岡へ。豊前は以前もそうだったように田舎だし、たぶん高齢化も著しい。わずかの滞在でもそのことは目に見えて感じられた。でも、ここには地のつながりがあり、だからこそしがらみもあり、面倒くさいこともあるに違いないが、だからこそ何かあったときには心強いということを、身をもって感じた。
 帰福後、まっすぐ病院へ。母の見舞い。豊前での少女時代の話、友人たちの話を聞く。帰り際、病室の入口から見送っている母に、25年前、大学受験のために上京する息子を、玄関の扉の隙間から見つめていた姿を思い出す。いつも母に見送られながら、俺は次の場所へ出掛けてきたのだと、改めて思う。
 素子としんみり。励ますことはできないが、慈しむことはできる。
 夜、独りになって、この数ヶ月を想う。こんなに「死」を身近に感じながら日々を過ごしたのは初めてのことだ。死と、それに至るまでの老いを身近に感じ続けたことで、自分自身も急速に老化したような気さえする。思いも過去にばかり向いている。少し疲れも感じる。
 そんな中でレオの存在が救いになっている。レオという未来があるからこそ、やりきれない思いに塗りつぶされずに済んでいる気がする。

 1月15日(木)
 午前の飛行機で福岡を離れ、羽田へ。一度帰宅して、午後、反町監督インタビュー@ベルマーレ。

 1月16日(金)
 ジョグ。ここ数日の疲労をとるように8分ペースでゆっくり5キロ。
 確定申告が近づいているので領収書を整理しながら帳簿付け。
 5年生存率は20%と言われ、「5人に一人には入れんやろうから……」と母は不安そうに弱気なことを口にする。「5人に一人なら十分大丈夫」とその場では根拠なく言っていた俺だが、改めて振り返ってみて、自分のこれまでの人生では、大部分のことで「5人に一人」の側だったと気づく。ラッキーなこともアンラッキーなことも、誉められることも叱られることも。決して意識して選んだわけではなかったが、とにかくいつも少数派だった。
 夜になって鼻水がポタポタと。風邪か。

 1月17日(土)
 風邪っぽい。頭痛がする。
 母からTEL。退院したとのこと。手術までの間は通院で検査と点滴などの予定。
 阪神大震災から14年が経った。14年前、あんなふうに井戸の底まで下りて、一人で決意をしたというのに、14年経ったいま、俺はまだこんなふうにこんなところにいる。

 1月18日(日)
 伊達公子が全豪オープンで予選突破。昨年4月の復帰から8ヶ月、38歳にして。すごい、えらい!
 NHKBSで谷村新司とばんばひろふみが、往年のラジオ時代を再現。懐かしい。「青春キャンパス」とか聞いてたな。天才、秀才、バカとか書籍化もされていた。テレビがまだ茶の間にしかなかった時代、個メディアはラジオだった。

 1月19日(月)
 伊達は1回戦で敗退。しかし13年ぶりに全豪の舞台にカムバックしたのだ。ブランクがいかに長くても、そしてそれが必ず衰えるフィジカルな勝負であっても、その気になればカムバックできるのだ。こういうのは勇気だ。
 昼、マナフード。スパムシチュー。心身ともに暖まる。夜も一人鍋で暖まる。

 1月20日(火)
 全豪オープン。杉山愛は1回戦突破。こちらはグランドスラム59回連続出場の鉄人。なんと1994年からずっと世界のトップステージに経ち続けている。ちなみに茅ヶ崎にある彼女のテニスコートは全豪と同じサーフェイス。
 オバマが第44代、アメリカ大統領就任。書店の棚はすでにオバマ本フィーバー。

 1月21日(水)
 昌子姉ちゃんから書が届く。ゆずの歌詞。生きてるってことが素晴らしいって笑っていようよ。
 母からTEL。白血球が減少しているが、問題はないとのこと。父が風邪を引いているとのこと。
 素子とレオからTEL。「こないだ20羽くらいいた鳥、あれ、ペリカンじゃない?」とレオ。先日墓参りに行ったときに田んぼで舞い降りていた鳥のことを覚えているのだ。声が輝いている。聞いている俺の気持ちも輝く。

 1月22日(木)
 ベルマーレのイヤーブックの原稿書き。
「ラブシャッフル」@TBS。冒頭、エレベーター内での長シーン、意欲的で興味深かった。野島伸司脚本。キャストも吉高由里子、貫地谷しほりらこれからが楽しみな顔ぶれ。

 1月23日(金)
 反町監督の原稿書き。
 マンちゃんが愛おしい。うちの中を俺が移動するたびに、見えない目でついてきて、鼻水を垂らし、息苦しそうにそばで佇んでいる。見えないのにいたずらをまた始めるようになった。たくましい。ぐずぐず寝ていると、紙を破り、音を立てて、俺を起こそうとする。愛おしい。抱きしめて守るように眠る。

 1月24日(土)
 人は生まれてから死ぬまでに、およそ3万人と出会うのだそうだ。

 1月25日(日)
 乗るべき列車は一度しか通らない。見送った列車、せっかく乗ったのに降りてしまった列車…想う。

 1月26日(月)
 なんか浮世離れしてしまって人とうまく話せない。
 夜、素子からTEL。疲れてる。

 1月27日(火)
 昼過ぎ、サーフィン@由比ガ浜。冷たい、寒い。はじめまったうバランス、タイミングともとれず、途中からへそ重心を意識して乗れるように。何度か横に長い間滑れた。俊ちゃんは唇が真っ青だった。
 夜、こたつでウトウト。久々に早く寝れるかと思ったが、ベッドへ移動して本を読んでるうちに目が冴えてきて、そのうち過去たちが押し寄せてきて。もう何年も立ちすくんでる気がする。

 1月28日(水)
 母とTELで話す。来月後半に手術予定とのこと。話していても息切れしてる。キツそう。
 文春の菊池さんから送られてきた書評用の本、「『新しい郊外』の家」読む。著者の馬場さん、僕と似ている気がする。具体的なエピソードは違うけど、ぜんたいの文脈が似ている。共感できる。
 見ずにとっておいた「はじめてのおつかい」。見る。泣く。

 1月29日(木)
「シルク」( )。芦名星の艶。一言も発さず、指先と面差しだけで。絹のように滑らかで繊細でなまめかしい、残酷な物語。
 預貯金、保険などを整理、確認。具体的に明らかにすると不安募ってよくない。

 1月30日(金)
「夕凪の街、桜の園」(佐々部清)。麻生久美子。「原爆jを落とした人は、13年も経って、やった、また一人殺したって喜んでくれてるかね」。ピカの照射は代々消えない影を残している。体にも心にも血にも。
 映画の後、「青春の野望」を読み耽って。生活はさらにひどく。
 素子からメール。咳が止まらず、肺ガンと心配になったとのこと。「つい2か月前までは心の中にも頭の中にもなかったのに、何でもかんでもガンと思うようになってる」。俺もだ。

 1月31日(土)
 ベルマーレ新体制発表会見@サンライフガーデン。
 実家からメンタイが送られてくる。いつものように、いつもと変わらず。
「アド街」@テレ東は「中井」。何年住んでたかな、あの頃はまったく街に関心なかったんだなあと後悔。