2010年1月


 1月1日(金)
 元旦だというのに朝寝て昼起床。おまけに国道1号線、思わぬ渋滞でキックオフに間に合わず。天皇杯決勝、G大阪4対1名古屋@国立。
 了戒さん、浅田くんを送って帰宅。
 夜は年賀状の返事。

 1月2日(土)
 朝寝て10時には起床。箱根駅伝@134。今年もトモちゃんとばったり。そのままジョグ&ウォークでサザンビーチ。Tシャツアート見る。帰宅後、箱根駅伝の続き。東洋大柏原、今年も5区で快走。
 午後、ショッピングモールはしご。
 夜、鍋。

 1月3日(日)
 起きれず、駅伝も応援できず。
 断続的にテレビと年賀状書き。菊池雄星、18歳の今年の色紙。「一日一生」。頭が下がる。
 書いた年賀状を本局に2回も出しに行き、そのたびに買い増し。
 アリス・オットー@情熱大陸の目の色のひたむきさに身につまされる。俺はもう随分あんな目をしていないなと。昔はしてたのか? たぶんしてた。
 はじめてのおつかい@日テレで、転がり落としてしまったリンゴを取りに、やっと登った坂道を下りていく男の子の姿を見ながら、しみじみ思う。俺にももう一度あんな姿勢が必要なのだ。せっかく登った坂道であっても、たった一個のリンゴを拾うために下って、そしてもう一度登り直す。半ベソかきながら、それでも……。45歳になった。

 1月4日(月)
 起きれず、走れず、海にも入れず。
 DVDにダビングしてあったものが再生しようとすると過半消えている。昔のVHSは映像劣化しても見れなくはないが、DVDはゼロ。デジタルは寂しい。懐かし病の僕には向かない。虚しい。

 1月5日(火)
 マンちゃんの水飲みなど洗う。どのくらいキレイにするか迷う。残り香消したくない。
 現実の自分を思い入れなしに見ないといけない。観念的な自分に没入しないことが大切。
 夜中、映画「ミッドナイトエクスプレス」。ヤバイ、ここではないところへ抜け出したくなる。危うい。

 1月6日(水)
「1Q84」を読みながら、10年くらい前、生き続けるためにそれまでとは違う別人格になろうとしていた頃、付き合った人たちのことを思い出す。思い出すが、具体的な場所とか感触とか何も思い出せない。あの頃、僕はそれまでの僕ではなく、かといっていまにつながる新しい僕でもまだなく、要するに「僕」でさえなかったのだと思う。
 それにしても村上春樹。なぜこれほど刺激されるのだろう。あの頃までの僕らしい僕が次々と蘇り、懐かしような辛いような。読みながら、現世から離れてしまいそうな、社会こぼれ落ちてしまいそうなゆらぎが襲ってくる。おまけに身を委ねてしまいたい衝動に駆られるから困る。
 ジョグ4キロ。

 1月7日(木)
 午後、サーフィン。今年初。

 1月8日(金)
 市民クラブチャンネルの打ち合わせ。石川先生と村上さん、宮田さんと。市民クラブチャンネルはSCN内にある市民参加型番組。来週、真壁社長のインタビューを頼まれている。局内で打ち合わせ後、韓国メシ。石川先生は上智大学でジャーナリズムを教えている、フランクでやさしい先生。さらに村上さんと飲み。村上さんは侮れないと改めて。

 1月9日(土)
「人間であることとスケートをやること。これほど続いたものは他にはない」荒川静香@スポーツ大陸。
 高校サッカー準決勝@テレビ。加部さんの息子さん、未蘭くんが出てる。
 FIFAに南アフリカワールドカップの取材申請。

 1月10日(日)
 完徹。未明、反町監督のテープ起こし。そのまませっちゃんと都内へ。初詣@明治神宮、大学ラグビー、東海×帝京@国立。

 1月11日(月)
「マンデラの名もなき看守」(ビレ・アウグスト)。色々考えなければならないことなくはないが、何はともあれ南アフリカについて想像力の芽、増やしておこうと思って。
 夜から朝、Mareの原稿書き。

 1月12日(火)
 8時ごろから仮眠。昼前にSCNへ。市民クラブチャンネルの収録。真壁社長はよく話してくれるのでインタビュアーにとっては楽、なので本当は難しいのだが。
 相変わらず村上さんは素晴らしい、そして侮れない。
 今年はいい流れで始められた気がする。石川先生はじめ、最近は出会いがいい感じで巡っているし。いずれにしても現実に棹差していては何も変わらない。嘆いても時間は過ぎていくだけだ。目の前の現実から意識をジャンプさせて、その外へ出るのだ。そして、これとは違う世界へ、新しい物語を始めるのだ。

 1月13日(水)
 午前就寝、夕方起床。夜から未明、仕事部屋の片付け、整理。
 アースマラソン中の間寛平、トルコで前立腺ガン判明も走り続けるとのこと。「命をかけて走ると言ったので、やめろということは生きてても夢を失うこと」と奥さん。気丈だ。同士だ。羨ましい。

 1月14日(木)
 未明から昔の日記を読む。懐かしいというより初見の気分。これ、本当に俺の日記?というくらいに。おまけに字もまったく違う。本当に人格再形成をやれたのかもしれない、と思えるほど。そして、まったく覚えていない。
 そんな日記ではあるが、そこに書かれていることが、まさしく今日の、今月の、いまの俺が考えたり、悩んだり、鼓舞したりしていることと同じなのにまた驚く。別の人間になろうとして、ある程度それをできたというのに、結局また同じように歩んでいこうというしているということか。「新しい俺」はまだ若く、その分青く、だから「かつての俺」が20歳すぎの頃に考えたり、悩んだり、鼓舞したりしていたことにいまぶつかっているのか。
 だとすれば、いま俺が生きているこれは、ある意味2度目の人生で、しかしやはり同じように深い井戸の底に続く人生なのだろうか。
「6ステイン」(福井晴敏)再読。面白い上に濃厚。すごいなぁ。それはともかく去年あたりが目が悪くなったせいか、読書が骨が折れる。目から通った信号が、頭に残らず、読む端からどんどん忘れていくので何度もページを戻らなければならないし。本当にアルツハイマー?と不安になる。
 完徹だというのに深夜「君のためなら千回でも」(M・フォースター)。いい映画だった。非常に好きな映画だった。おかげでまた寝るのが勿体ない気分になって引っ張り出したのは「終わらない夏」(香咲弥須子)。三好礼子とともにバイク乗りだった頃のアイドル的作家。

 1月15日(金)
 午前就寝、夕方起床。
 朝日新聞の集金の際に、茅ヶ崎あたりのことを聞いていて、一中通りと東海道線の交差点。20年くらい前までは「大踏切だった」とのこと。土着の人の話を聞くのが、いつも新参者の僕には楽しい。それにしても茅ヶ崎グランドホテル跡地に立つ商業施設の名称、「サザンビーチヒルズ」。がっかりな名前だ。
 北くんが茅ヶ崎まで来てくれてベルマーレMOOKの打ち合わせ。

 1月16日(土)
 完徹で早朝中山くん宅へ。初台でえのきどさんと後藤さんをピックアップして4人で、中央高速で南アへ。中山くんの雑誌「フットボールライフゼロ」のシャレ企画。もちろん南アは南アフリカではなく、南アルプス市なので2時間ほどで到着。たっちゃんうどんを食べて、町営の温泉入って夕方には帰京。
 最近の内向的でネガティブな思考から、えのきどさんならヒョイと抜け出させてくれるのではないか、せめてヒントを得られるのではないかと思っていたのだけど、ゆっくり話す時間なくて残念。

 1月17日(日)
 真壁社長ありがとうの会@平塚。実現するまでに色々面倒なこともあったようだが、この10年を思えばサポーターさんたちがこうした場を持ちたいと考えるのは当然。10年経って、J1に上がって、周囲の顔ぶれとか、目線とか、思惑とかも変わって…というのが現在の位置。もちろん百年構想だからね。まだまだ途中だし、変わる。そのままサポーターのみなさんと飲み。
 阪神淡路大震災から15年。永田には鉄人28号がガオーッと立っている。

 1月18日(月)
 昨日、小林繁死去。色男で、しかし無骨で寡黙な大エース。全身をきしませながら投げ込むサイドハンドに合掌。
 サンスポの原稿。
 ユーミンの「マスターテープ」@NHKBS。「卒業写真」前後のエピソード。こだわれる技術と教養のある人たちによる、感じる世界でのモノ作り。楽しそう。うらやましい。

 1月19日(火)
 JAL会社更生法申請。負債は実に2.3兆円。朝日新聞に全面広告、「JALは飛び続けます」。社員1万5661人削減と路線減少で背水の建て直しへ。
 午前、ジョギング4キロ。
「泪壷」(瀬々敬久)。小島可奈子、清純でエロい。
「69」(李相日)。村上龍原作を、宮藤官九郎脚本で青春群像劇。やっぱり九州の言葉が馴染む。故郷離れて30年、いまごろになってやっとしみじみ感じる。

 1月20日(水)
 ジョギング4キロ。
 池沢さん@スポルティーバが拙著を取り上げてくれるために茅ヶ崎まで来てくれる。取材を受け、撮影される、普段とは逆の立場。
 浅川マキ、亡くなっていたとのこと。時代と寝なかった歌手、金に代えられないものを守り通したアーティストに合掌。

 1月21日(木)
 真壁社長インタビュー@平塚。取材後、北くんとびっくりドンキーで打ち合わせ。北くん、外見と中身の印象の違いが面白い。
 夕方、こたつでウトウト、中途半端な時間に起きたくなくて、そのまま無理矢理、頑張って、必死で寝続け、翌朝6時まで。

 1月22日(金)
 車検、値段で選ぶと決めてインターネットと我が家近辺をウロウロ。結局エネオスのスタンドで9万円。
 鉄砲通りで警察に止められ、「携帯見てた」ので罰金とのこと。まず新米婦警の曖昧な態度にカチン、一緒にいた5年目の巡査の居丈高な態度にカチンカチン。で、結局小1時間、路上で婦警と巡査の身上調査と、交通違反のルールとその運用についての私見と提案などなどなど。まあ、切符を切るかどうかはともかく、コミュニケーションスキルの低さと、警察官という職業の特殊性への自覚不足にはホント頭に来たし、呆れた。ああいうパーソナリティの人間は有事の際には決して役に立たない。役に立たないどころか、かえって厄介な存在になる。制服を着て、拳銃を保持している人間が、役に立たず、厄介だと、社会が迷惑する。

 1月23日(土)
 ようやく早起き。でも部屋の片付けしたり、資料の整理したり。海にも行かず、走りもせず、新しいことにも取り組まず、一日が過ぎていく。
 夜、「フットボールタイム」を何気に読み返す。俺はこの本が割りと好きだ、と思えてホッ。

 1月24日(日)
 ジョギング4キロ。やや喘息気味に。
 ベルマーレ昇格記念MOOKの原稿書き、のために過去の原稿をチェック。ベルマーレのことをいっぱい書いてるなあ。しかも、びっくりするほど覚えてない。
 田舎寿司。せっちゃんのおごり。
 名護市長選。1万7950票対1万6362票で辺野古移転推進派市長が当選。東京にいると「反対」は容易な結論だが、これが当事者のデリケートな現実。いずれにしても民意明確になって普天間基地問題、民主党どうする?
 自民党党大会では小泉進次郎、丸川珠代が司会を務め、美しすぎる市議が登壇。

 1月25日(月)
 サンスポの原稿。
 嶋からTEL。葛西先輩のご両親が昨年末にお亡くなりになったとのこと。合掌。
 僕らの時代@フジテレビは有賀さつき、河野景子、八木亜希子の三人娘。八木さんの感覚は僕と似ているなあと思う。状況を自分も含めた俯瞰で見てしまうところとか、そんな自分についての表現とか。ちなみに僕と社会人同期生。週刊宝石で仕事を始めてすぐに、有賀さんの取材で、八木さんにインタビューしたのを思い出す。透き通るくらいキレイだった。すぐに手紙書いたら、すぐに返事くれる礼儀正さとフランクさの持ち主でもあった。

 1月26日(火)
 家から一歩も出ず、ベルマーレMOOKの原稿書き。
 自殺者、昨年も3万人超。これで12年連続とのこと。東京3000人、大阪2000人、神奈川1800人がワースト。

 1月27日(水)
 ベルマーレMOOKの原稿。
 午後、ジョギング2キロだけ。
 夕方、真壁社長にインタビュー。

 1月28日(木)
 車検@ENEOSに車を預けた後、徒歩で駅周辺に戻り、ぶらぶらしてたら少し汗ばむ。今日は暖かい。遠回りをして高砂通り界隈の路地を探索しながら帰宅。
 午後は大沢たかお版の「深夜特急」。名古屋テレビ製作のドキュメンタリードラマ。何度見てもいい。心がジャンプしてしまったので原稿書く気分ではなくなってしまい、夕方まで夢坊主。再び歩いてENEOSまで行って車を引き取り。

 1月29日(金)
 午前、真壁社長のテープ起こし。夕方、中田英寿@新宿。実に4年ぶり。軽い挨拶の後、直島とかベネッセとかの話を唐突に振っても、淀みなくリアクションできるあたり、やはりタダ者ではない。角がとれた分、物腰は柔らかくなったが、知識と世界が広がっている分、内実は充実している印象。
 せっかく久々に都内に出たので、まっすぐ帰るのもナンだしと香月@恵比寿でラーメンを食べて、エビスパークへ。間もなく店を閉めると聞いてたので。華ちゃんは、もしかしたら凹んでるのかもとちょっとだけ心配というか期待というかしてたのだけど、やっぱりそんなことはまったくなくて、相変わらず尊大で威勢がよく、そのくせチラッ、チラッと小心だった。閉店へ至る心持ちと、シェリオンのみなさんの消息などを聞いて、じゃあまた、と別れる。
 帰宅後、朝生。

 1月30日(土)
 挑戦したいこととか、挑戦せねばならぬこととか、それなりにはっきりと目の前に並べて臨んだ2010年だというのに、もう1月も終わり。そして挑戦以前に、「現実」に追われ始めている現実。はあ。どこかで線引かないと。キリがない。
 ベルマーレMOOKの原稿書き。

 1月31日(日)
 母からTEL。「10人中9人は1年以内に再発して、そのうち50%は死ぬんやから」などなどネガティブトークだが、先週のCTの結果は再発していないとのこと。不安はもちろんあるし、周囲とか未来とか考えれば考えるほど、それは強まるかもしれないけど、何はともあれ、統計ではなく自分を、将来の不安より今日生きていることを、見つめてほしい。