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 ワールドカップ予選アウェー取材@テヘラン      05.3.23〜26


 ワールドカップ予選になると、よく「アウェーの洗礼」という言葉を目にするが、僕自身はそんなふうに感じたことはあまりない。これまでに訪れたほとんどの国では、大抵の場合現地の人々に親切にしてもらってきたし、「親切」とまでは言わないにしても「普通」に遇してもらってきた。少なくとも「洗礼」というほどの酷い目に遭わされたことはない。

 ただし、これはどこの国に行っても同じなのだけど、「そこは日本ではない」から常識の違いに戸惑ったり、困ったことになったり、することは当然ある。
 でも、それも多くの場合、ちょっと面倒臭かったり、溜息をついたりすることにはなっても、結果的には「風変わりだけど面白いアクシデント」という感想に落ち着き、その国や国民を理解する手立てになったりする。身をもって知った(肌で感じた)認識、という意味で、それは結構自分の中で貴重だったりするわけで、帰国後「洗礼を浴びた」などとまくし立てるような気になったことは、これまでにほとんどない(かなりヤバイ状況に陥ったこともあるが、それは実は僕の認識不足であったり、油断であることばかりである)。
 もしかすると僕は耐性が強いのかもしれない。あるいは順応性が高い、いや鈍感なのかもしれない。とにかく、そんな程度の話である。

 イランでの経験も、僕にとってはやはり「洗礼を浴びた」というジャンルのものではない。
 でも、これはとても珍しいことなのだけど、できることならもう二度と来たくない、と滞在中すでに僕は感じていた。
 これは(くどいようだけど)本当に珍しい気分なので、たぶんテヘランという街と僕は相当相性が悪いのだと思う。
 何が? って尋ねられても、はっきり答えられないが、埃っぽい街(不潔な国はたくさんあったが、それとは少し違う)、野卑な雰囲気(猥雑なムードなら僕は大歓迎なのだけど)、馴れ馴れしさから大きく逸脱して挑発的に振舞う一部の人々(フレンドリー大いに結構、図々しいくらいまでは我慢できるが)、そして冷たく渇いた空気(これは多くは季節の問題)と冷たいメシ(これも短期旅行者ゆえのスキルの低さなのだろうが)、固いナン…と挙げていけばキリがない。

 そんなわけで以下、2度と訪問しないであろう(こんなことを書くと、また行かざるをえなくなったりするものだけど、それならまあそれでいいので)備忘のためのイラン旅行メモ。



                 

 スタジアムと同じアザディスポーツコンプレックス内にあるナショナルトレセンでの練習後には、 ファンが押し寄せてこの状態。ものすごく積極的で遠慮しないイランの人々は、選手に突進、サインをもらったり、写真を撮ったり、縦横無尽。一応、「ここから先は入っちゃダメよ」というラインはあったのだけど、そんなものお構いなしです。


                 

 出発前からわかっていたイランの通信事情の悪さ。
 というわけで、(新聞社などの)報道陣は持ち込んだインマル(衛星送信機?)で、写真などを空に向かって送信中。
 でもって、実はこれが非常に懐かしかったりする。忘れもしない8年前、フランス・ワールドカップ予選のカザフスタン、ウズベキスタン遠征でもこのインマルが活躍したのだった。あのときは「ちょっとそこに立たないで!影になると途切れちゃうから」なんてカメラマンさんが叫んでたものだけど、8年経って性能アップしたのだろうか。


                  

 ADカードをもらうために(なぜか)オリンピック委員会を訪れてみれば……この状態。係のおじさん(一人です)の要領を得ない対応に、日本、イラン両国報道陣が詰め寄る図。
 ADカードを取得するために2日この部屋に通った報道陣もいれば、僕らのように幸運にもすぐにゲットできた者もあり。「すぐ」と言っても2時間半くらいですけど。
 ちなみに日本なら5秒。「受付」へ行けば済む話です。でも、日本のようにあらゆることがシステマチックにオーガナイズされている国は実は世界では珍しいです。アジアの大会ではこういうことは珍しくないです(あ、コパアメリカ@パラグアイもこんな感じだったな)。
 普段の生活でも、電車は時間通りに来るし、列に並んでいれば順番が回ってくるというのは、日本の常識です。
 ちなみに、こういう場合はだいたいデカイ声出した人か、機転が利く人が勝ちます。あとはコネクションのある人。少なくとも人の後ろに並んで、尻込みしてたら順番なんて永久に回ってきません。


                  

 首尾よくADカードを手にして、試合前日練習の取材にアザディスタジアムを訪れてみれば、「NO」の一点貼り(もちろん、それ以外は英語はほとんど通じない)。
 スポーツコンプレックスのゲートに始まり、スタジアム敷地入り口、スタジアムエントランスといくつもの関門を何とか突破した僕たちの前に、最後に立ちはだかったのがこの鉄格子とイランサッカー協会のジャージを着た若者(だからと言って、彼がサッカー協会の人かどうかは不明)。鉄格子の向こうには軍服を着た兵士(警察?)が控えています。
 でも、この先で日本代表が練習してるんですけど、なんで?
 ここまで辿り着けなかった記者もいた模様。もちろんちゃんと中に入れて取材できたメディアもいましたよ。日本協会経由で「代表取材ツアー」に申し込んだ方々はプレスバスで違う入り口から入場できたらしいです。違うゲートがあるなら教えてよ! 高いツアーには入れない(入りたくない)「フリー」もいるんだから。

           

 気を取り直して、スタンドの外壁の外から覗いた無人のアザディスタジアム(12万人収容)。
 デカイです。山がきれいです。空もきれいです。

 そして翌日(試合当日)訪れてみれば、この状態。このとき、まだキックオフの6時間前だったのですが……(NHKの内山アナの話では朝の8時からすでにこの状態だったとか)。

                 


 スタンドでチャイ(と思われる温かい飲料)を売っていた男の子。この写真ではやや年長に見えるけど、実際は小学校高学年か、中学生くらい。

               

 どこの国のスタジアムでも見かける風景。

         


 やや郊外から俯瞰したテヘラン市街の遠景。

            

 ただし海抜1200メートルの高地。カメラを振るとこんな感じ。

            


 町の様子。夜の市内中心部。

        


 イランの猫。こいつはなかなかかわいかった(ちょっと我が家のマンちゃんに顔立ちが似てたのでアップ)。

                  


 食事。ちなみにこれは最終日の夜(試合後)。小1時間歩いてやっと見つけた開いてるレストラン。
 羊肉と思われます(店の看板にそれらしき絵があったので)。あ、缶はノンアルコールビールです(ここは飲んではいけない国です)。

                  


 以上、イランのあれこれ。
 でもって、いまこうしてまとめながら突然思い出したのが、20歳のときに作った旅行記。バイクで九州までツーリングしたときに写真のコピーとワープロのプリントアウトを切り張りして小冊子を作り、それを僕は100円で友人たちに売りつけたのだった。
 あれから20年が経ち、いまやデジカメとPCで手も汚さず、簡単に、しかもキレイにこうしてちょっとした旅行記ができあがる。文明とは素晴らしいものだ(でも、誰にも売りつけることはできず、クリックひとつで読み、というより眺め流されてしまう。そして、その程度の気分で僕もこれをまとめているのだ……)。

 何はともあれ、あれから20年。僕は「あのときの僕」の倍の人生を生きてきた。
 素朴な感想。<思えば遠くに来たもんだ>。

 というわけで最後に、宿泊したイランシャーホテルの外観とバスルーム、そして、あれから20年後の記録写真(ホテルのロビーにて)。